異業種格闘技の業界再編が続く

前回のコラムでは業界再編の話を書いた。今回はその続きである。最近の大型の業界再編はかつてのものとは根本的に違っている。かつてのエレクトロニクス業界は、材料、デバイス、システム、ソフトウェアの各業界がその垣根を越えず、買収、合併は基本的に同業者間のものであった。ましてや、Goolge、Amazonなどのサービスプロバイダーなどが絡んでくることはなかった。

しかし、昨今の業界再編では異業種間の買収が相次いでいる。かつての日本の電話業界のように、NTT(以前は電電公社と呼ばれていた)が電話サービスのプロバイダー(キャリアと呼ばれていた)として端末、交換機などの仕様を決定し、それをNEC、富士通などの電機メーカーに作らせていた時代とは大きな違いだ。NEC、富士通といった垂直統合型の電機メーカーは、端末、交換機などのハードウェアに使用する半導体を自社の半導体部門で開発・製造していた。こうしたビジネスモデルが成立できていたのは、業界全体がイノベーションの黎明期であり、末端製品から得られる利益が十分に豊富であり、級数的に増加する製品の開発費を賄えたからに他ならない。

米国ではAMD、Intelなどの独立系半導体メーカーが成長し、かつては垂直統合されていたコンピュータ、通信機器メーカーが半導体部品をアウトソースするようになった。未だにほとんどの基礎技術を内製で補っているのはIBMくらいになってしまった。そのIBMも激化するするクラウドビジネスの世界では苦戦している。かつてのお得意様であったアマゾンなどのサービスプロバイダーが自社のデータセンターをアウトソースするようになったからだ。

私自身も、AMD時代にこの業界再編の初期段階を垣間見たのを覚えている。AMDがIntelのサーバ用CPU「Xeon」の競合製品としてOpteronを市場投入した時である。通常のビジネスモデルでの商流であれば、サーバ用のCPUのAMDの顧客はHP、IBM、Dellなどのサーバメーカーである。これらのサーバメーカーはAMDからCPUを購入し自社ブランドのサーバ製品に組み込み、データセンターを運用しサービスを提供するAmazonやGooleなどの顧客に売り込むことになる。AMDに勤務中のある日、私はOpteronのセールスデータを眺めていた時に奇妙なことに気が付いた。HP、Dell、IBMなどの大手サーバブランドの中に混じってひときわ大量のOpteronを購入する顧客がいて、その納入先は聞いたことのないような何かのコードネームになっている。

米国のリセラーの中によくあるホワイトボックスにしては購入量が桁外れに大きい。気になって本社の幹部に問い合わせたら、なんとその客はGooleだった。2000年初頭からすでにGoogleは自社のデータセンターのサーバ用のCPUにAMDから直接Opteronを大量に購入していたのである。聴けば、GoogleはCPUだけでなく、自社のサーバ用に独自の高速メモリインタフェースも持っているという話だった。そのGoogleは、今ではAI用の自社開発プロセッサも持っている(GoogleはTPUと呼んでいる)。そのGoogleは、最近業績低迷の台湾HTCからスマートフォンビジネスの一部を買ってしまうという戦略をとった。

AMDのサーバ市場参入を可能としたOpteron (著者所蔵イメージ)

かつて日本の電機メーカーが自社製品にこだわり、デジタル化の価格競争に敗れ去った元凶と言われた垂直統合モデルが復活している。なぜか? 以前の状況と決定的に異なるのはGoogleなどのグローバル市場での圧倒的な支配力と、中程度のサイズの国であればそのまま国ごと買収してしまえるほどの巨額の手持ち資金である。米国のITトップ5社の手持ち資金は日本政府の総税収を超えるというのは事実である。彼らがその資金にものを言わせて今後何を仕掛けてくるかは大変興味深い話題である。まさに異業種格闘技の様相である。

無風状態の半導体材料業界

こうした業界の激変が加速しているエレクトロニクス・半導体業界にあって、不思議とトップ2社(しかも両社とも日本企業)で寡占状態が続いているのがシリコン材料業界である。全世界のシリコン・ウェハ市場を二分しているのが信越化学工業とSUMCOである。両社はほぼ拮抗した状態で全世界のシリコン・ウェハの約70%を抑えている。もっともSUMCOはかつての三菱、住友、コマツの3社の連合体であるが、1999年にSUMCOが誕生してからは、3位以下の中小メーカーの再編は起こってはいるが、この日本メーカーの2強が世界市場を支配する状態は当分続きそうである。非常に逆説的な話だがエレクトロニクスが徹底的にデジタルであるのに対し、その産業のコメといわれる半導体製品の基盤材料として支えているシリコン・ウェハは徹底的にアナログである。特徴には次のようなものがあると私は思っている。

  • シリコン・ウェハ製品は基本的にすべてが顧客の独自仕様を盛り込んだカスタム製品である。半導体デバイスメーカーがシリコン・ウェハに要求する仕様は何でもありである。ウェハメーカーはそれに合わせて顧客の製品ごとにすべて異なる仕様を作りこむ
  • 原材料は地球上に最も多く存在するといわれる物質Si(シリコン)であるが、超高純度のシリコン材料にはその抵抗値などに微妙に影響する微量の不純物(ドーパント)の混入の加減がみそである。単に300mmのウェハと言っても、その厚み、周辺部の加工具合、ウェハ全体にわたるいろいろなパラメータの均一性を実現するのはまさに職人技である
  • 長年培われた結果編み出されたその独特の製造方法の複雑さから、新参者がそう簡単に買収して内部に取り込むことはできない。しかも、もともと膨大な利益を生み出す事業セグメントではないので買収するインセンティブが低い

シリコンインゴットの基となる結晶製造装置の概念図 (著者所蔵イメージ)

シリコン材料(インゴット、ウェハなど)の製法はもともとは各半導体デバイスメーカーが独自に開発して、デバイスの材料から自社製造を自前でしていたのだが、分業が進んでこの業界が成立した。しかし、この業界だけが他のセグメントから影響を受けないで未だに独立して存続し、すでにデバイスの世界では首位の座を明け渡してしまった日本であるが、材料のグローバル市場では日本の企業2社が世界中のシリコン材料需要を賄っているという事実は何となく不思議な気がしてくる。

独断的な見方ではあるが、これはその製品の徹底したアナログ性にあるのではないかと私は思っている。半導体産業を国策として推進している中国はこの業界を虎視眈々と狙っているようではあるが、同じ半導体材料でも、太陽光発電用のシリコン材料とは比較にならない高度な技術と品質が求められるので、まさに日本人の職人技が未だに世界を席巻している感がある。

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、今年(2016年)還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。
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