半導体に関する報道はどうしても最新世代のCPU/GPUやメモリデバイスに偏りがちだが、こうした最先端微細加工を必要とする花形デバイスの他にも、電子機器の重要なファンクションを担う周辺デバイスは多種多様あって、各分野で日々イノベーションを続けている。

深刻な世界的供給不足の状況を迎えた最近の半導体業界では、こうした周辺デバイスに関する業界の動きが目立ってきている。電子機器は、ボード上に必要なファンクションをすべて集めないと完成しない。

米国バイデン大統領は半導体部品不足の解消に向けて放った大統領令発表に際して、マザーグースの寓話を交えながらその深刻さを次のように語った、「釘が無くて蹄鉄が作れなくなった、そのために馬も乗れなくなった。やがてその国は滅びた。現代の蹄鉄の釘とは半導体だ」。

業界はすでに走り出している。

百花繚乱の新ファブ建設ラッシュ

ざっと業界誌のページをめくってみても次のような大型案件が発表されている。

  • IntelがIDM2.0計画を発表、自動車用半導体の生産を含むファウンドリ事業に本格的に打って出る方針を新CEOのパット・ゲルシンガーが打ち出している。ゲルシンガーはネットワーク用半導体への本格的な参入を視野に入れた人事も発表している。データセンターの中心にあるサーバーCPUの周りを固める回路をFPGAとネットワーク用半導体でそっくり提供しようというのがその狙いである。
  • 最先端CPU/GPUの生産・パッケージ技術の開発ではTSMCと密接に協業するAMDが、周辺デバイスの確保のためにGlobalFoundries(GF)と長期契約を締結した。機を同じくして、GFはシンガポールに新たな300mmウェハによる新工場建設を発表した。
  • アナログ市場の急速な拡大に対応する形で、300mmウェハによるパワーデバイス製造では業界で抜きんでた存在のInfenionが、パワーデバイス増産のためにドレスデンにある生産拠点に20億ユーロ超の設備投資を発表した。

SEMIの最近の発表によると2021年中に19の半導体工場が着工し、2022年に入っても少なくとも10の量産工場が着工の見通しという。まさに百花繚乱の新ファブ建設ブームである。

  • 電子機器

    電子機器のボード上を埋めつくす半導体チップは多種多様である

半導体ウェハビジネスでの経験で知ったパワー/センサデバイスの世界

私の半導体ビジネスでの経験の4分の3はAMDでの勤務であった。AMDも当初はメモリー、アナログ、周辺デバイス、などの多くの種類のデバイスを提供していたが、Intelがx86アーキテクチャで抜きんでると、それを追うように先端CPUにリソースを集中し、ATI Technologies社の買収を経てCPU/GPUに全社的軸足を大きく移したが、そのコア技術をサポートする周辺回路への開発投資も怠っていなかった。

特にIntel製品とのハードウェア互換路線を捨てて、独自設計・独自ピンアウトによるCPU開発には周辺回路の自社設計は必須のものとなる。しかし、営業の最前線にあってはやはり顧客の関心事はCPU/GPUの新製品とその性能だったので、私の経験範囲は最先端微細加工による大規模なロジック製品分野に限られていた。

そんな私にとって、幅広い半導体の世界に目を向けるきっかけとなったのは半導体ウェハビジネスに転職したことである。特に最先端から2-3世代遅れた微細加工を使用する小口径ウェハでの経験は大変に勉強になった。

  • ウェハ

    ウェハ業界での経験は半導体市場全体を知るうえで大変に役に立った (写真は編集部撮影の300mmウェハ)

ウェハのごく表面だけに超微細加工を施すCPU/GPUなどの大規模ロジックLSIや、微細加工のみならず回路の立体構造化によって集積度を上げるメモリなどの大口径ウェハの世界とは違い、シリコンウェハ材料の物性自体がデバイスの性能に直結するパワーデバイスや、シリコン表面に物理的な構造物を造りこむことによりその物理的運動を電気信号に変えてデバイスとするMEMSセンサの世界はまったく新しい領域で、それまでのAMDでの経験値がまったく通用しないので結構苦労した。ともあれウェハ市場での経験は製造装置を含む半導体サプライチェーンの全体を理解する上で大いに役に立った。

半導体供給不足解消はサプライチェーン全体に影響するチャレンジ

冒頭に紹介した新ファブの建設ラッシュは半導体サプライチェーン全体に大きなインパクトを与えるチャレンジである。

デバイス設計と製造の前段には、材料、クリーンルーム、製造装置、電力、人材などの多くの分野での重要なファクターが存在する。大きなチャレンジとなるのはそれぞれの分野が独特の経済原理を持っていることである。各分野の市場規模・成長スピードと、それにかかる投資規模とペースはまちまちである。何よりも重要なのが、大きな投資に対する回収の見込みとそのスピードが広範囲に広がった半導体のアプリケーションの各顧客の要求にマッチするかどうかであろう。

デバイスの世界をとってみても、TSMC/Samsung/Intelを中心とする最先端微細加工技術によるロジック/メモリ製造の先頭集団と、成熟したプロセス技術をでパワー/アナログ/センサ製品を支える製造グループとではすでに動き方に微妙なずれを見せている。これだけ新ファブ建設が進めば、使用するウェハの枚数も種類も大きく増加することになる。まさに「成長」を原動力とする半導体産業がサプライチェーン全体での成長を試される時代となっている。