氷点下の米国アラスカ州、アンカレッジで開催された米中の外交トップ同士の会談はどちらも一歩も譲らない波乱の会談であったようだ。私はテレビのニュースでその会談の様子を見ていたが、開催されたアンカレッジの厳寒の環境が暗示するように、両国代表の表情がその緊迫した状況をはっきり示していた。

トランプ前大統領からバイデン現大統領への大きな変換期を迎えた米国にとっては初となる中国との大きなイベントとして注目されただけに、両国の外交代表同士の非難の応酬は今後の米中関係の難しさを象徴している。

世界の2大覇権を握る両国は国内にもいろいろな問題を抱えているが、共通する問題の1つに増殖して巨大化するデジタル・プラットフォーマーに対する規制の姿勢である。しかし、その手法はかなり異なっている。

Alibabaのビジネスに強引に介入する中国政府

このところ、中国最大のプラットフォーマーAlibabaに関するニュースは下記のようにネガティブなものが続いている。

  • カリスマ経営者のジャック・マーがしばらくメディアの表舞台に出てこない。共産党員でもあるマーが“忽然と消えた”などというゴシップ記事もウェブにあふれて不安をあおる中、マー自身がゴルフをする姿がわざとらしく報道されたが、頻繁にメディアに登場して巨大企業Alibabaの戦略を語る以前のマーはまだ姿を消したままだ。
  • Alibabaが運営するECサイトで毎年の恒例行事となった“独身の日”の昨年の売り上げは過去最大の7兆円を記録した。しかし、その巨大な支払い業務を一手に引き受けるサイト、アリペイを運営するANTの上場が金融当局の反対で唐突に頓挫した。Alibabaが満を持して準備した子会の上場が突然の中止に追い込まれたニュースは驚きとともに世界中で報道された。
  • 中国政府はAlibabaのメディア関連ビジネスの売却を要求したらしい。Alibabaが所有する香港英字紙“サウスチャイナ・モーニング・ポスト”が、外交問題ともなった香港統治についての報道で神経をとがらせる中央政府の標的となった、という見方がされている。
  • 米中の対立

子会社上場の突然の中止、メディアビジネスの分離要求など、マーが率いるAlibabaのビジネス環境は厳しくなる一方だ。自ら共産党員を名乗り、中国最大のITプラットフォーマーを育て上げたジャック・マーには中国のビジネス界の英雄というイメージがあっただけに、中国内の事情に大きな変化を見て取る向きもある。

中国政府は米中技術覇権競争で有利に立つためにデジタル社会インフラの構築を強力に推し進めた。その代表格であるAlibabaはその急速な成長過程で、かなり強引とも思える手法を持ち込みユーザー側に多くの弊害を生んだことは事実である。しかし事の真相は、中国共産党指導部が当初思い描いたロードマップからはみ出すその急成長ぶりに対し、制御不可能となる前に指導部が手を打ったという事のように見える。もしそうだとすれば、今後中国が米国との技術覇権のギャップを埋めるスピードには制限がかかるかもしれない。

起業家精神がけん引するシリコンバレーのイノベーション

世界の優秀な頭脳が集まるシリコンバレーの起源は1956年にカリフォルニアのマウンテンヴューに設立されたショックレー研究所と、そこから発生したフェアチャイルド・セミコンダクター社までさかのぼるが、世界で最初のトランジスターが発明されてAIが当たり前になった現在までほんの65年しかたっていない。

半導体産業のメッカとしてスタートしたシリコンバレーでは今ではApple、Google、Facebookなどの巨大プラットフォーマーたちが軒を連ねる。こうした驚異的な成長を支えてきたのが、斬新なアイディアをビジネスにすることで“一旗揚げよう”と世界のいたるところから集まった優秀な頭脳と彼らの飽くなき起業家精神である。

別に「シリコンバレー」という都市があるわけでもなく、政府が企業誘致ゾーンを設けたわけでもない。自然発生的に加速的に発展したこの土地で名を挙げた業界のレジェンドたちの自伝を読むと、彼らがシリコンバレーに魅力を感じた理由として下記のようなことがあげられる。

  • カリフォルニアの自由で国境を感じさせない雰囲気と業界人の間の風通しのよさ。
  • 州内にスタンフォード大、UCバークレー校などを擁する優秀な学生層の厚さ。
  • シリコンバレーのスタートアップに果敢に投資するベンチャー投資家の存在。
  • AMD

    1969年、AMD本社ビル建設用地に鍬入れする創業者たち (著者所蔵イメージ)

私は24年間のAMDでの勤務で嫌と言うほどシリコンバレーを訪れたが、その抜けるような青空と乾いた空気を享受する世界各国から集まった多様な人々には「既成概念に捕らわれないこと」、「限界は自分が決めること」、「失敗を恐れずに新しいことに果敢と挑むこと」、という明確な価値観が共有されていることを肌で感じることができる。

こうした人々にとっては政府機関が集中する大陸の反対側のワシントンDCとの地理的な距離感は、そのまま精神的な距離感として理解されていると思う。ビジネス活動の根幹には「絶え間ないイノベーションにより人間の生活をより良いものにしてゆくこと」、と言う考え方が常にあり、彼らにとっては政府が設けるいろいろな規制は単に「ビジネスをフェアに続けるためのルール」に過ぎない。その起業家精神は現在でもシリコンバレーに世界中から多くの優秀な人材を引き付ける原動力となっている。

巨大プラットフォーマーの影響力集中に反応する世界の当局

かつてAT&T、マイクロソフト、Intelなどの巨大企業の一人勝ちの状況に対して、欧米当局は時間をかけた調査・検討を行った後に思い切った措置を講じてきた。現在世界の当局が眼を光らせているのはGAFAが代表する巨大プラットフォーマーである。当局はデジタル経済を加速的に拡大する中で、彼らが展開するビジネスの手法について次の点を問題視している。

  1. 競争の阻害によりイノベーションが停滞する⇒消費者利益が害される
  2. 消費者の個人情報をマーケティングに使用する⇒消費者の購買パターンが支配される

欧米当局が規制の根拠とするのはあくまでも消費者の利益である。米国バイデン政権は、FTC(連邦取引委員会)の委員としてコロンビア大学院の准教授であるリナ・カーン氏を指名した。カーン氏はAmazonの反競争的な戦術についての論文を発表したことで知られる「巨大テック解体論」を展開する論客である。GAFA側も弁護士チームを増強して身構える。

当局とビジネスリーダーとのつばぜり合いは自由資本主義が正常に機能している証拠でもある。

公聴会には各企業のトップを呼びつけ激しい質問を浴びせつけるが、少なくとも相手の言い分を聞く姿勢はある。少なくとも政府の決定で突然上場手続きが停止する、突然ビジネスの一部を切り離す要求がなされる、などのケースはあり得ない。

起業家精神はイノベーションの原動力となっている点を考えると、米中の技術覇権競争は企業レベルの枠を超えて次の段階に移った印象がある。