この時期がやってくるとやはり蘇るのが3.11の記憶である。多くの人がそれぞれの立場で遭遇したこの大災害は、歴史に爪跡を残す他の災害とともに人々の記憶に残り続けるであろう。
我々には、“歴史に学ぶ”事をひたすら肝に銘じつつ毎日を進むしか他の道はない。そんな考えに浸っている現在でも自然災害による半導体工場への災害の影響が次から次へと報告されている。
テキサスの寒波と台湾の給水制限により半導体供給にも影響が及ぶ可能性
半導体工場の運営に必須なのが電気と水である。自動車アプリケーション用の半導体供給が世界中でひっ迫する中、それに追い打ちをかけるような事態が起こっている。
2月下旬に米国テキサス州を襲った寒波はかなり広い範囲での大停電を引き起こした。私はテキサス州オースチンに本社を構えるAMDに今でも勤務している知人にすぐさま連絡を入れたが、状況はかなりひどかったらしい。
友人と家族の生活には影響がなかった事に安心した私は、思わず「ファブは大丈夫か?」と聞いてしまったが、私が現役時代に巨大なFab.25を運転していたAMDも、今やファブレス企業となり工場はとっくの昔に無くなっていたことに気が付いた。しかしオースチンには現在でもSamsung、NXP、Infineonなどが大規模なファブを構え、半導体生産を行っている。SamsungのSSD、NXPやInfineonが生産する自動車用半導体の供給への影響が懸念される。
テキサス州の多くの地域が凍結してしまったという現状は、今後も繰り返されるであろう異常気象がもたらす自然災害について、世界各国にある半導体工場のサイト責任者が最も神経をとがらす大きな課題となるだろう。テキサスの寒波によってもたらされた停電は異常寒波という自然災害のみではなく、規制緩和によって社会インフラを担うようになった電力企業が効率化を優先した結果、隣接州とのグリッド連携を行っていなかったという人災の側面も大きく批判されているらしい。
変わって、これから雨季を迎える台湾では、雨季前の降水量が例年より低くなる予測で、全国に給水制限をかけているという。台湾経済全体を支える存在の世界最大のシリコン・ファウンドリであるTSMCをはじめとする半導体関連工場には給水車での工業用水の搬入が行われている。こちらも世界の半導体生産基地であり、操業停止を何とか避けるべく日夜サポート作業が継続されている模様である。
半導体工場は24時間無停止の操業が前提となっていて、いったん止めると多くの仕掛ウェハが無駄になるし、操業再開となってもクリーンルームの温度、湿度、エアフローなどを諸条件を最適の状態に持っていくまでには膨大な調整時間が必要になる。それがうまくいかなければ工場全体の製品歩留りにもろに影響するからである。
世界のサイト責任者と現場の技術チームは自然災害や人災への不断の備えに常に気を配っていて、常に起こりえる大小の不具合に対する昼夜を問わない非常連絡に神経をすり減らす大変なストレスを抱えている。
3.11の思い出
この時期になると当時の記憶が蘇って不安な気持ちにさせられるが、実は私自身はその当日は出張で台湾にいて地震は身をもって経験していない。しかし、会議の途中でたまたまWebの記事を見ていた同僚が「お前早く日本の家族に連絡したほうがいいよ」と教えてくれ、ホテルの部屋で観たニュース映像のすさまじさに息を飲んだ記憶がある。
幸い私の家族・知人には被害は及ばなかったが、しばらく封鎖された成田空港が再開となってやっと帰国してからは、当時私が勤務していた米系半導体ウェハメーカーX社での地震後の対応に追われる事となった。X社は関東のとある県にウェハ加工のための工場を構えていたが、被害は比較的軽微であり工場のスタッフの懸命の復旧作業もあり早期に操業を再開した。しかし、営業担当の私は世界のサプライチェーンの仕組みを身をもって体験することとなった。
被災後の半導体業界では次のようなことが同時に起こっていた。 - 世界最大の半導体ウェハ供給者である信越半導体の主力インゴット工場(福島県の白河に設置)が被災して操業を停止した。 - 日本各地にある半導体デバイス工場も多かれ少なかれ被災し、その中でも自動車向け半導体を多く生産していたルネサス那珂工場も大きな被害を受け操業停止になった。 - 世界のサプライチェーンはこの大地震によって大きな供給問題を抱えることになり、私の会社には追加注文が殺到した。同時に信越半導体の白河工場の現状についての情報収集の指令が下った。同じころ、ルネサス那珂工場の現状は新聞報道などで次々と明らかになり、トヨタをはじめとする自動車メーカーは復旧作業を援助するべく自社の多くの技術者をルネサスに派遣した。
こうした非常事態に直面した場合の業界内の連携は非常に重要であり、それにいかに早く柔軟に対応できるかがその業界全体の底力が試される時となる。私が勤務するX社でも常時では考えられないような素早さで下記の対応を行った。
- 信越半導体のインゴットはかなりの在庫を用意していたので、それによる直接の供給問題は限定的だったが、エピタキシャル成長を処理すいわゆる“エピ炉”の被害は深刻で、エピウェハの供給問題は喫緊の課題となっていた。
- 私が勤務していたX社の関東の工場にはエピ炉も装備していたが、被害は軽微であった。しかも通常の自社顧客の注文に応える以上のキャパシティを残していた。
- 信越半導体との話し合いで、「信越半導体が支給するウェハに信越半導体の顧客のエピ仕様に基づいて我々の工場でエピ処理を行った後、エピウェハを信越半導体に送り返す」、というスキームが成立した。その間の仕様の記録などは一切しないのが共通合意であった。
こういった連携は通常時では正式な技術提携契約でもない限り起こりえない出来事で、今でも思い返すとかなり異例中の異例の動きだったと思えてくるが、これは実際に起こった話である。
もう1つ思い出すのが当時、太陽光ビジネスを手掛けていたX社が自社の太陽光パネルを搭載した小規模の発電機を1か月という信じられない期間で製作し、私自身が会社の同僚と一緒に被災地まで届けたことである。
太陽光発電ユニットはわずか5KWhの出力であったのだが、まったく電気が供給されない陸前高田市の市役所まで届けた時に「これで携帯電話の充電ができます」と嬉しそうに語った担当の方の笑顔は今でも記憶に残っている。この辺の事情は以前にもコラムに取り上げたが、私にとっては今でも強く記憶に残っている。
2021年3月4日訂正:記事初出時、信越半導体の工場所在地を郡山と記載しておりましたが、正しくは白河となりますので、当該部分を訂正させていただきました。ご迷惑をお掛けした読者の皆様、ならびに関係各位に深くお詫び申し上げます。