2014年に地球を離れてから果てしない宇宙をひたすら飛び続け、当初の目標通り小惑星「リュウグウ」から採集した地質サンプルを地球に送り届けた小惑星探査機「はやぶさ2」の快挙のニュースはコロナ禍の暗い世の中で非常に明るいものであった。宇宙関係にはまったく疎い私でさえも興奮させられた。はやぶさ2の報道写真を何度も見るにつけ、重力が存在する地球上の質量の単位で言えば600kg程度のこの高度なシステムのハードウェアに思いを馳せた。高性能の太陽光パネルを翼のように広げるはやぶさ2が私には半導体の塊に見えた。

  • はやぶさ2

    機体公開時のはやぶさ2 (編集部撮影)

高性能な半導体技術を活用したはやぶさ2

はやぶさ2に限らず、宇宙探査機のイメージを思い浮かべるときに真っ先に頭に浮かぶのが、翼のように広がった主電源となる太陽電池パネルである。

固体燃料に頼れない宇宙探査機は、宇宙に存在する無限のエネルギー源の中で、600kgという砂粒のような小規模システムでも獲得できる太陽光というエネルギーを半導体でできた太陽電池パネルで電気に変換することで動力源としている。

JAXAのホームページを見ていたらはやぶさ2に使用されている高性能の太陽光パネルは InGaP(リン化インジウム・ガリウム)、GaAs(ガリウムひ素)、Ge(ゲルマニウム)の3種類の太陽電池を貼り合わせた厚さわずか150μmの接合太陽電池(3接合太陽電池セル)であるという。この技術によってシリコン製の汎用太陽電池よりもはるかに広い範囲の波長を吸収することができるという。変換効率は26%以上になるというから、かなり高性能な太陽光パネルである。実はシャープがこの分野で強く、近年、国内外の衛星/探査機に搭載されるようになってきたという。

しかし私にとって最も興味深いのは複雑なタスクを遠隔で行わせるためのすべてのシステムの制御部分がどのような部品で組んであるかということだ。「はやぶさ2のシステム制御基板」などはもちろん公開されてはいないが、搭載されているPCB基板の上にどのメーカーのどんな部品が並んでいるのかを想像するだけでもわくわく感が高まるのは半導体オタクの私だけではあるまい。

  • はやぶさ2

    はやぶさ2のシステム制御基板にはどのような部品が並んでいるのだろうか? (著者所蔵イメージ)

米国本社内の営業本部として“ミリタリービジネス部門”が独立して存在していたころの昔のAMDの経験がある私が察するに、はやぶさ2本体の基板には“ミリタリー規格”の半導体部品がずらりと並んでいるのだろうと想像した。

研究開発の分野では宇宙開発は軍事開発の延長上にあることが多いからだ。宇宙線に常にさらされ、極端な高温/低温という過酷な環境下でも誤動作することがない半導体部品は通常、最先端のものは採用されず、かなり成熟した「枯れた」技術を採用することが通例だった。しかも高いスペックを実現するために、通常の半導体ビジネスの経済原理からかなり外れた性質を持っていた。例えば非常に厳しいスペックを満たすために、1枚のシリコンウェハから1~2個のダイしか採れない場合などもある。そんなイメージを持っていた私であるが、編集部から面白いニュースを紹介された。2020年7月に米国で打ち上げられた火星探査機「Perseverance」にはXilinx製のFPGAが活用されているという話だ。開発についての記事を読むと、この開発プロジェクト・チームが開発期間・コストの制限についていくつもの困難にぶつかったことが見て取れる。有人宇宙ロケットと異なり、効率的に探査結果をより早く、確実にもたらすためには確かにFPGAなどの最先端半導体の有効活用はありだなという新鮮な驚きを感じた。

現在半導体の先端技術分野においては「デュアルユース(軍民両用)」のトレンドが進んでいて、軍・民間の研究を統合しながら進めてゆくやり方は開発コストを抑える有効な手段となっている。これには半導体微細化の推進による品質の飛躍的向上と、新技術創造にあたっての競争の激化が関係していると思われる。

軍用半導体を挟んで対峙する米中

宇宙のロマンたっぷりのはやぶさ2の快挙から世俗世界に目を転じると、米中は相変わらず半導体をめぐる技術覇権競争の真っただ中にある。

米国防総省は中国の最大の半導体ファウンドリ企業であるSMICを中国人民解放軍と関係が深い軍需企業と認定し、その世界のユーザーと投資家に対し制限をかけることを発表した。単価はやたらと高いがそれほどの量が期待できない軍需用半導体ビジネスだけで巨大な投資を必要とする半導体ファブを運営することなどできないとは誰でもわかることではあるが、現在では半導体が技術覇権競争の中でスポットライトを浴びて、まさに外交/通商/安全保障の問題になっていることが実感される。この国防総省の認定によりSMICは中国以外の顧客からの半導体生産の受注および半導体製造装置・材料などの入手に大きな制限がかけられることになる。「中国生産2025」という国家プロジェクトの中核に据えられたSMICと中国政府にとっては大きな痛手である。

  • はやぶさ2

    軍需は半導体技術の促進と成熟に大きな役割を果たす (著者所蔵イメージ)

米中の技術覇権争いの間に挟まった形の世界最大のファウンドリである台TSMCは米国アリゾナ州でのファブ建設を表明している。これには米政府からの多額の資金援助が予想される。この資金援助の大きな大義となっているのが最先端軍用半導体の国内生産であるが、こちらも軍用半導体製造のためだけのファブとは考えられず、軍用半導体は大きな政治アジェンダに組み込まれてしまっている感がある。

さて、当初目標であったサンプルを地球に送り届けるという任務を見事に果たしたはやぶさ2は、カプセルを分離した後、地球を離れ、早速新たな任務である次の小惑星に向かって黙々と宇宙の旅を続けているという。

Good Luck、はやぶさ2!