iPhoneの新製品が出るとすぐに分解してしまう輩(やから)がいる。”Teardown(分解)”サイトというもので、新製品が出るたびに新品を真っ先に入手し、あろうことか筐体を開けて中にどのような部品が使用されているかを一つひとつ調べてリストにして公開する。

半導体をはじめとする電子部品の業界では昔からある手法で、インターネットの普及によりこうした情報が公開されるようになる前には、この行為は各社のラボ室で行われていた。電子部品業界関係者にとっては下記のような情報がぎっしり詰まった貴重な情報源だ。

  • メインCPUなどを採用してもらった客のエンジニアチームがそのCPUの特性・性能を生かしてどのような基板設計(特に熱設計・エアフローなど)を行っているかを知ることは、次期製品の開発などの重要な指標となる。
  • DRAM/Flashなどのコモディティー製品のブランドを見れば、パートナー企業が今どのような勢力地図の中にあるかが如実にわかる。深刻な供給問題を起こしたベンダーがあった場合など、他のどのベンダーの製品で代用したかなども一目でわかる。
  • 特に設計に関するBOM(Bills Of Materials:部品表)は各部品の市場価格を決定するうえで非常に重要な指標となる。

最近Appleが発表したiPhone 12もさっそく分解され、その中にどのような部品が使用されているかが公開された。やはりその話題の中心はメインCPUであるA14や、5Gのモデムチップ、有機ELディスプレーなどであるが、最近パワーデバイスの供給不足でiPhone 12の生産が滞っているという記事が目に留まった。いくら最先端のCPUを搭載していても、パワーデバイスなどの地味な周辺回路の1つでも欠けると最終製品の生産には大きな影響が出る。

新鮮だったパワーデバイスの世界での経験

私の半導体業界での経験の大半はAMDでのLSIデバイス販売であったが、後半の5年間はシリコンウェハ販売をやっていて、その間に半導体のサプライチェーンに関する多くの経験をさせていただいた。その中でも新鮮だったのはパワーMOSFETを始めとするパワーデバイスの世界を経験できたことである。

最近のパワーデバイスの技術の潮流はSiC(シリコンカーバイド)やGaN(ガリウムナイトライド)などの新素材に向かっているようであるが、まだ市場の大半はシリコンが担っている。LSIではすっかり退潮してしまった日本の半導体ブランドも、パワーデバイスの業界では今でも健在で、日本のパワーデバイスメーカーの多くは6/8インチウェハを使用したファブで多種多様なデバイスを生産している。

AMDで高性能CPUや大容量メモリーの世界を長年経験してきた私にとっては、パワーデバイスの世界はいかにも地味で、しかも非常に技術的だったので始めはかなり戸惑った。12インチのウェハを使用し、しかもシリコンウェハのごく表面を使って何億個ものトランジスタで構成された複雑な回路を、超微細加工によって作りこむLSIとは違って、パワーデバイスは一部の大手を除いてほとんどがまだ6/8インチのウェハを使用し、そのシリコン材料の特性そのものがデバイスの性能や歩留りに直結するのが特徴だ。

シリコンインゴットの生産時に注入されるごく少量のドーパント(不純物)の種類、抵抗値、酸素濃度、ライフタイムなどシリコン材料の物性そのものが重要な指標となるので、客先に提出するスペックシートなどは非常に複雑な技術詳細にわたっていて、営業・マーケティングの経験しか持ち合わせていなかった私にはとても太刀打ちできる代物ではなかった。結局、私は自分自身でスペックシートを一枚も書くことができず、すべて技術部に頼るほかはなかった。

  • パワーデバイス

    シリコンの表面上の抵抗値の均一性は重要な指標 (著者所蔵イメージ)

エピの処理能力がサプライチェーンを左右する現在

パワーデバイスの製造に欠かせない工程が「エピ」と呼ばれるプロセスである。正確には「エピタキシャル処理(成長)を行う」ことで、これは高純度シリコンウェハを鏡面研磨(ピカピカになるまで磨かれた)されたバルクウェハの表面に高温のエピ炉内でシランガスなどを噴霧して成膜することで、デバイスの高速化、高耐圧化、高信頼度化を可能とする(これ以上のことは私はまったくわからない)プロセスである。

このプロセスのできいかんでパワーデバイスの性能や歩留りが大きく左右される。しかし、このプロセスは大変に手間と時間がかかるもので多くの場合、ウェハ提供側ではそのコストに見合う売値を実現することは難しい。しかも新規の場合のウェハ認定には非常に長い時間がかかり、ウェハを売る側としてはあまり割のいいビジネスとは言えなかった、というのが私の正直な感想である。 さて、最近パワーデバイスがらみで私が注目したのが下記の報道である。

  • Appleの最新製品iPhone 12の生産がパワーデバイスの供給不足で滞っている
  • 台湾のスマートフォン半導体ソリューション大手のMediaTekがIntelが保有していたパワーデバイス技術部門である「Enpirion」を買収の動き
  • ファブレスのMediaTekはそのファウンドリー・パートナーであるPowerChipに対し、パワーデバイスの供給を補強するために16億NTドル相当の製造装置を購入しPowerChipに対して貸与する(記事では明らかにされてはいないがこの装置の購入の中にはエピ炉が含まれると推測する)
  • パワーデバイス

    ASM製の枚葉エピ炉 (著者所蔵イメージ)

記事によるとIntelのEnpirion部門はもともとはFPGAのAlteraの買収によってIntelに渡った経緯があるが、結局その部門の黒字化は達成できなかったとある。パワーデバイスビジネスの難しさを物語っていると思う。スマートフォンの半導体ソリューション提供で勢いを増すMediaTekが今後どのような展開を見せるかが注目される。

半導体サプライチェーンには実にたくさんの材料、装置、技術ノウハウ、エンジニアが関わっていて、重要分野でのキーデバイスの供給不足は最終製品の生産に大きく影響する。

高速化とともに省電力化が大きな付加価値となる今後の電子技術のトレンドを考えると、今後もパワーデバイスの価値はますます高まってゆくと考えられる。