再編が進む半導体業界とますます巨大化するプラットフォーマーの動きをめぐって、独占禁止法がらみのニュースが目立ってきている。2017年からQualcommとFTC(連邦取引委員会:日本の公正取引委員会)との間で争われていた訴訟は、米高裁がQualcommを独禁法違反とした2019年の地裁判決を棄却し、Qualcommの逆転勝訴となった。

一方、人気ゲームアプリ「フォートナイト」の開発元、Epic Gamesはアプリ内の課金システムが独占的だとしてカリフォルニア連邦地裁でAppleとGoogleを相手取り訴えを起こした。市場独占をめぐるこの2つのケースは巨大企業に影響力が集中する現代を象徴している。

Qualcommのビジネスに違法性なしと判断した米高裁

今となってはスマートフォンの基幹半導体であるプロセッサー/高速モデムなどの市場で最大の半導体企業となったQualcommは、1985年にサンディエゴで創立された通信用半導体の老舗企業である。電子業界の基幹プラットフォームがコンピューターからPCへと移って行き、その後スマートフォンとなって行く中「ワイヤレス技術+低消費電力プロセッサー」の組み合わせで大きく抜け出したQualcommの本当の強さは、長年地道に積み上げた半導体技術ノウハウの蓄積である。CDMA方式によるワイヤレス通信の爆発的普及は3G,4Gを経て5G時代を迎えるにあたって、国力を左右するような重要な要素後術となった。

  • Qualcomm Snapdragon 865 Plus 5G Mobile Platform

    2020年7月にアナウンスされたフラッグシップ5Gプラットフォームの性能を向上した「Qualcomm Snapdragon 865 Plus 5G Mobile Platform」 (出所:Qualcomm)

今回違法性が問われたのはQualcomm独特のビジネスの方式である。ワイヤレス技術に大きなアドバンテージがあるQualcommのチップを買う顧客は、まずQualcommと包括的な技術に関する「ライセンス契約」を結ぶ必要がある。ワイヤレス技術で多大な蓄積があるQualcommは、この技術ライセンス契約を前提として半導体チップを販売する。簡単に言えば「No License, No Chip(ライセンス料を払わなければ半導体も売らない)」ということであるが、問題はこのライセンス料にある。

FTCとQualcommの訴訟と並行して起こっていたのは、Qualcommの最大の顧客であるAppleとQualcommのライセンス料に関する争いだ。法廷に証人として呼ばれたApple側幹部の証言によれば、「ユニット価格30ドルのモデムチップについてQualcommは7.5ドルのライセンス料を要求してきた。常識的に考えればライセンス料は1.5ドルくらいが妥当だ」という具合に両社には大きな見解の相違が生じていた。このライセンス料自体が高いかどうかは我々には判断が付きにくいが、5G対応の高速モデムの供給について、それまでモデムチップをAppleに供給していたIntelが、技術的困難さを理由に5Gモデムの開発を断念し、モデムビジネスから撤退したのがついこの前だ。

その後AppleとQualcommは和解したので、今秋にも発表が噂される5G対応iPhoneにはしっかりとQualcommの高速モデムが搭載されていることになる。最大顧客のAppleに対してもデバイスコストの25%のライセンス料ということを考えれば、他の顧客にはもっと高いライセンス料を要求していると予想される。ともあれ、両社の和解の落としどころは、モデムの購買量とライセンス料金の匙加減であったろう事は容易に想像される。しかし、ここで立証されたのはQualcommのワイヤレス半導体の図抜けて高い技術力である。Qualcommは創業以来の30年で4兆円以上の研究開発費を投じたと主張している。

アプリ・コミュニティから反撃を受けるAppleとGoogle

もう1つ独禁法がらみの興味深い訴訟のニュースがあった。オンラインゲームで人気の「フォートナイト(Fortnite)」がアプリ配信・課金システムが独禁法違反に当たるとしてAppleとGoogleを相手取って米連邦地裁に起こした訴訟である。

私自身はオンラインゲームには全く関心がないが、このアプリの開発元のEpic Gamesの名前くらいは知っている。ゲームエンジンとして標準となったUnreal Engineは1998年にリリースされたゲーム「Unreal」で初めて実装された。ゲームアプリの大御所ともいえるEpicが満を持して仕掛けたこの訴訟は、アプリ・コミュニティからの巨大プラットフォーマーに対する反逆の狼煙(のろし)のように見える。

  • スマホアプリ

    誰もが手にするスマートフォンの画面にはさまざまなアプリのアイコンがずらりと並ぶ

Appleの時価総額が200兆円を超えたというニュースも派手に報道されて、プラットフォーマーによる「利益総取り」のような印象は否めない。

この訴訟の構造はいたって単純である。専用のゲームコンソール以外のデバイスでゲームを楽しむ場合、エンドユーザーはAppleやGoogleのアプリ配信システムからダウンロードして自分の好きなデバイスでサービスの提供を受けるのが主流であるが、この配信システムを支配するAppleとGoogleがアプリ企業に課す30%の手数料は高すぎるということが問題になっている。

この手数料は配信システムを通過する際のいわゆる通行税である。世界に3億5000万人のユーザーを抱えるフォートナイトはその手数料が高すぎるということで、AppleやGoogleのシステムを回避するダイレクトのアカウントを開設したところ、AppleやGoogleの配信システム経由のダウンロードができなくなったという。

フォートナイトの発売元のEpicはこの行為が独占的地位の濫用にあたるとしてFTCに対し提訴したというのが背景である。スマートフォンなどの手軽なデバイスでの指先一つの動作で、ゲームアプリをダウンロードできるサービスを可能とした巨大プラットフォーマーの影響力には絶大なものがある。エンドユーザーは「便利さ」と引き換えに多くの個人データをプラットフォーマーに提供している。そうした状況にあって、アプリの提供者としてのEpic側はフォートナイトの普及度を見ながらエンドユーザーを味方につけるタイミングをはかっていたかのようである。

今後が注目される巨大企業と独禁当局との駆け引き

独禁当局の大義は「健全な競争原理を維持することで消費者の利益を守ること」である。巨大企業と当局のせめぎあいの結果利益を享受するのは消費者であるが、最近の複雑な経済構造においてはその目的を達する手立てはそう単純ではない。近年の構造変化で特筆すべきは下記のような事柄である。

  • デジタル化による優勝劣敗がさらに加速している
  • 米中の技術覇権競争に見られるように巨大企業の影響力は国力に近づく
  • エンドユーザーはさらなる「便利さ」や「真新しさ」を求める
  • 個人情報保護への意識も高まる

米国の場合、一般的に民主党政権のほうが共和党政権よりも企業の私的独占に対する見方を厳しくする傾向がある。11月に迫った米大統領選挙の結果もこれからの大きな注目点にもなりうる。