新型コロナウィルスの影響で外出もままならない毎日、日がな一日家にいることになる。感染の拡大を食い止めるためには致し方ないであろう。

何の気はなしに昔のガラクタ・資料を整理していたら、1997年の『Microprocessor Report』、6月号と8月号を見つけたので、懐かしくて思わず読み始めてしまった。今回は多分に古い話になるが、当時のマイクロプロセッサー業界の状況を交えてこのたまたま見つかったこの2冊の内容に沿ってコラムを書くことにした。

  • Microprocessor Report

    1997年発行のMicroprocessor Report (著者所蔵)

Microprocessor Reportと80-90年代の半導体業界

Microprocessor Reportは1987年にMichael Slaterによって創設された最先端のマイクロプロセッサーとその周辺技術を紹介する月刊ニュースレターである。

1987年といえばIntelが80386を発表した後、80486を準備しているような時期で、パソコン市場が電子機器の中心プラットフォームとして確固とした地位を築きつつあった時代である。

今から33年前で、私自身はこの前年の1986年にAMDに入社した。マイクロプロセッサーの最新技術にフォーカスするという超ニッチなニュースレターであるが、マイクロプロセッサーを中心とした半導体エコシステムのほとんどを対象とした中身の濃いものである。

最新のCPU技術だけでなくメモリー、OS、組込製品、GPU、DSPなども視野に入れるが、読者の購読料だけを収入源にし広告を受け付けないことで一切の商業主義を排除し新製品の長所・短所を中立的な立場で評価するというので、購読料はかなり高いがシリコンバレーの中では一目置かれるオピニオンリーダー的存在であった。

AMDに入社した私は早速毎号に目を通すことになった。最初はちんぷんかんぷんであったが次第に知識を深めていくと非常に重要な読み物となった。というのもIntelとAMDのデッドヒートはこのころから本格化し、新製品発表後にはまず社内のマーケティング部では「レポートはどう書いているんだ?」ということが話題になるので、マーケティング部に配属された私にとっては必須の刊行物になった。今回取り上げるのは1997年の6/8月号であるが、下記にその周辺時期の業界の主なイベントを年表にする。

  • 1995年6月:Intel、Pentium 133MHzリリース
  • 1995年8月:Microsoft、Windows 95をリリース
  • 1995年10月:Cyrix、5x86(120MHz)をリリース
  • 1995年10月:AMD、NexGenの買収を発表
  • 1995年11月:Intel、Pentium Proをリリース
  • 1995年11月:AMD、Am5x86をリリース
  • 1996年2月:Cyrix、6x86(P-166+)をリリース
  • 1996年3月:AMD K5 PR90をリリース
  • 1997年2月:Cyrix、MediaGXで1000ドルPCを実現
  • 1997年3月:Intel、MMXの商標侵害でAMDとCyrixを提訴
  • 1997年4月:AMD、K6 233MHzをリリース
  • 1997年5月:Intel、Pentium II 300MHzをリリース
  • 1998年5月:AMD、K6-2 333MHzをリリース
  • 1998年10月:AMD、次世代CPU「K7」のマイクロアーキテクチャを発表
  • 1998年11月:RISE Technology、mP6 266MHzをリリース

私のガラクタ箱には、不要になった昔のAMDのチップや拡販用のグッズ、雑誌やらが乱雑に放り込まれているのだが、そうしたガラクタたちに混じって1997年の6/8号だけがなぜ残されていたかが、その当時の市場の様子を調べてみてわかった。

上記の年表でもわかる通り1997年前後はIntelのx86を中心にAMDやCyrixなどの互換プロセッサーメーカーが群雄割拠していて、業界としては一番にぎわった時期であった。下記にその当時の状況をまとめる。

  • Intelは80486のリリースで独占体制を形成し、Pentiumのリリースでその地位は確固としたものになった。MicrosoftもWindows 95のリリースでWintel体制は強化された。
  • 追うAMDは独自開発のK5の失敗を受けて、NexGen社を買収するとその一年後にK6をリリースし、起死回生の復帰を果たすとIntelと互して戦える体制を整えた。更にこれを凌ぐK7プロジェクトを発表した。
  • x86をベースにしたPCビジネスが爆発的に成長すると、Cyrix、IDT、Transmetaといった他社もx86 CPUビジネスに次々と参入し業界はまさに下剋上の時代となった。

私がAMD時代、自分のデスクの引き出しやキャビネットなどに積んであった無数の雑誌などの中から「後で読んだら面白いかも」と思ってMicroprocessor Reportのこの2つの号を残しておいたというわけである。もちろん当時、後でこのようなコラムを書くような機会に恵まれることになるとは頭の隅にもなかった。

2つの号の記事の内容

この2つの号の記事の主な内容を下記に示す。

6月号の見出し

  • Centaur社がx86市場に参入(IDT子会社が200MHzの低価格C6プロセッサーで)
  • Cyrixの6x86MXはAMD-K6の性能を凌ぐか?
  • NEC、V830を高速化、命令セットの追加でますます充実
  • DEC(Digital Equipment)とCyrixがIntel相手に特許訴訟を開始

8月号の見出し

  • SGS Thomsonが486ベースの統合チップを発表
  • Intelの2路線CPU戦略は見直しが必要(編集長コラム)
  • SGI(Silicon Graphics)がMIPSベースのロードマップを強化
  • PowerPC 750がMacBenchで最高性能記録を更新
  • NECのV830がホーム・セットトップ・ボックスをターゲットに
  • 組み込みDRAM市場が特定市場で成長
  • NS(National Semiconductor)がCyrixを買収(号外)

これらの見出しを見ただけであの当時の業界の活気に満ちた雰囲気がありありと思い出される。現在のようにネットニュースが瞬時にアップされる状態と違って、このニュースレターは月刊であったので内容が非常に濃いのは十分に理解できるが、この時期の各社の新製品を生み出す活力と、買収/訴訟を含める果敢な戦略的姿勢にはやはり特別なものがあったのではないだろうか。

NSによるCyrixの買収のニュースに至っては、月刊のタイミングに合わずに本誌の中に色を変えた一枚の号外版を挿入していて、当時のいかにも変化の激しい状況が見て取れる。

次回は、これらの見出しの記事からトピックを抜き出して簡単な解説をしたいと思っている。