昨年末、暇に任せて業界メディア各誌のWebサイトを眺めていたら半導体商社に関する記事をいくつか見かけた。1つは日本の代表的半導体商社である東京エレクトロン デバイス(TED)が記者会見を開き、WSI(Wafer Scale Integration)の技術で話題になったCerebras Systemsとの日本市場における代理店契約を発表した記事、もう1つが中国市場でTexas Instruments(TI)が大手半導体商社Avnetとの契約を解消したという記事である。

各々の記事の概要は下記の通りである。

TEDがCerebrasの日本での代理権を発表

  • 2019年、WSI(Wafer Scale Integration)を手掛けるCerebrasが製品化の成功を発表。
  • CerebrasのCS-1は深層学習用のWSE(Wafer Scale Engine)とキャッシュ用のSRAMとそのサポート回路のすべてを21.5mm角の巨大半導体チップに集積して300mmウェハに作りこんだ製品である。
  • TEDはCerebrasと日本市場における代理店契約を締結し、システムレベルのサポートとともにこの製品の受注を開始する。

中国市場でTIが商社チャネルのリストラを敢行

  • TIは中国市場での販売代理店チャネルの縮小に着手。これによりAvnetを含む6社の商社は代理権を失う。顧客はArrow Electronicsを含む既存商社かWeb直販のチャネルからTI製品の供給を受けることができる。商社系は大手のArrowがほとんどを引き受ける可能性が高い。
  • このTIの決定で中国における半導体商社業界で約1000人分の仕事がなくなる模様。
  • TIはWebでの直接取引の仕組みを充実させており、顧客をWebサイトでの直販に誘導しようとしている。これにより以前に支払っていた商社マージンの削減が可能となる。

半導体業界の超老舗企業TIと新進気鋭のCerebrasの販売代理店契約がらみの発表であっただけに、半導体商社の今昔を象徴する出来事のように思われた。

  • Cerebras

    WSI技術を見事に製品化したCerebrasのチップ(WSE)

半導体商社というビジネス

私はAMDでの24年の勤務でほとんどの営業・マーケティングの職を経験することができたが、商社経由の代理店ビジネスは大変に有益な経験であった。

半導体業界に限らず、商売は直販ビジネスとパートナービジネスに分かれており、この2つは営業職であるには違いないがそのやり方はかなり内容が違う。半導体商社に求められる要件はその役割と深く結びついていて、下記のような役割をどれだけ満足させられるかがその代理店の価値となる。

  • サプライヤーが直販では販売できない中小の顧客と広く取引がある。
  • それらの顧客への製品の販売について与信、在庫、出荷、価格管理、売掛金の回収、不良品の返品と交換などのすべての業務的な役割を担う。
  • サプライヤーのブランドを広め、新製品の顧客へのデザイン・インを推進する。必要に応じて技術サポートを行い、新技術の市場への浸透を促進する。

半導体商社とはこうした役割を担うことによって複数のサプライヤーの製品を当該市場において複数の顧客に広く販売するという重要な存在なのである。

日本の半導体メーカーが非常に勢いがあった1980年代にはサプライヤーごとにそのブランドのみを扱う系列系商社が多数存在した時代もあったが、現在では日本の半導体ブランドの凋落とともにこれらの系列系商社も他のサプライヤーも取り扱わなくては事業が成り立たなくなった。

商社はサプライヤーにとっては顔が直接見えない多数の顧客向けの営業を代行してくれるわけなので、1つのまとまった顧客として映る。その場合代理店営業に責任を持つサプライヤー側のマネージャーには下記のような重要な要件において十分な経験とセンスが要求される。

  • 四半期ごとの目標設定と目標達成のためのサポート。適切な情報提供、トレーニングを通しての新製品デザイン・インの推進。
  • 市場の需要予測に基づいた適正在庫の不断の管理。預託在庫と最終売り上げの管理。
  • 自社製品の適正価格と代理店インセンティブ・プログラムなどの発案とマージンの管理。

こうした要件を教科書的に列挙するのはたやすいことだが、事態がころころと変わる実際のビジネスでこれらをきちんと実行するのはかなり困難な場合が多い。需要予測の読み違え、期末を控えた無理な押し込みなどによって起こる過剰在庫の積み上げは代理店営業をやった人ならば必ず経験する厄介な問題である。

  • 半導体の流通チャネル

    半導体製品販売の流通チャネル

最近の半導体商社業界の動きと今後

私はAMD勤務時代に今回話題になったTEDとは日本で、Arrowとは米国でビジネス上の付き合いがあり特別の思い入れがある。

当時のTEDは東京エレクトロン(TEL)の商社部門で、AMDはTELの製造装置の大手顧客であったこともあり非常に関係が深かった。私の印象では装置部門がビジネスの根幹であったTELという会社はどちらかと言うとメーカーの文化を持っていたのではないかと思う。そういう意味でTELの商社部門も新製品のデザイン・インを推進しながらAMD製品を日本で拡販するというやり方が強みであった。

今回のCerebrasのTEDによる日本での販売活動はただチップを取り扱うだけでなく、それをシステムとして組み上げるためにかなり技術的なSIerのようなサポートが必要になる事が容易に想像できる。これこそTEDが得意とする分野であり、Cerebrasが日本市場進出の足掛かりを築くためにTEDを選んだ理由もよくわかる。

方やArrowは米国のみでなく世界市場で多くのサプライヤーのディストリビューションを手掛ける老舗の電子部品総合商社である。もう30年も前になるが私はArrow本社まで出張しその当時から先進的なロボットを中心とした自動化システムを導入した最新鋭の流通センターを見学したことがある。この当時からArrowは少量多品種・小規模取引の自動化システムを構築していて、エンジニア2-3人でやっているようなシステムハウスからの超小規模ロットの注文にも個人のクレジットカード決済で対応できると知った時には本当に驚いた。

さて前述のTIが中国市場での商社チャネルのリストラの記事を読んでいてふと思い出したのが、同じTIが昨年、日本でも最大規模の半導体商社である丸文との代理店契約を解消したことである

私がAMDに勤務していた時代、TIと丸文の組み合わせは外資系半導体業界では一目置かれる大きな存在であったが、その丸文がもうTIの代理店ではないということを知った時は半導体商社のあり方に大きな変化が生じつつあることを感じた。

TIが自ら進める「My TI」と呼ばれるWeb直販システムは、前述の半導体商社の重要な役割のうちの業務的な部分をそっくりTI自身が運営するシステムである。私にはTIがこのシステムの増強により将来的にすべての取引をWeb直販に移行しようとしているように映る。他の業界でも起こっている"中抜き"の潮流はWeb取引の普及と自動化ロボットによる徹底的な無人化・効率化をはかった先進的な流通センターの構築でTIだけでなく他の半導体ブランドにも波及することが考えられる。

方や流通業界全体の王者であるAmazonも、ここ数年"Amazon Business"チャネルを立ち上げ企業系B to Bビジネスに積極的になっている。現在ではまだ限られた品種であるように見えるが、米国では生鮮食品の扱いにも積極的なAmazonが巨大市場である半導体製品を視野に入れてもおかしくはない。

これからの半導体商社は業務代行の分野から提案型のビジネスに移っていく必要があるだろう。その場合、商社に求められる要件は新技術と顧客をいち早く結び付ける情報量ということになる。しかし情報だけでなくその新技術をデバイス単体で売るのではなく、顧客が要求する機能をハードもソフトもすべてをまとめて提案する"ソリューション"あるいは"キッティング"ビジネスに移ってゆくと思われる。こうしたやり方は私が現役であった頃もよく"Turn Key"(ターンキー。スイッチを入れればすぐ動き出すという意味)ソリューションなどと呼ばれていたが、この手法がいよいよ現実化してきたということだろう。