吉川明日論のコラムが始動

2017年8月に全編終了した私のAMD時代を振り返る連載「巨人インテルに挑め」に続いて、編集部からの話もあって、半導体業界に関するコラムを書くことにした。

私自身は現在、ビジネスを引退し、とある大学の人文科学系の学部で"ふつー"の学生をやっているのだが、長年半導体業界にどっぷり浸かっていたせいか、今でも半導体がらみのニュースには関心を持っている。最近のエレクトロニクス関係のニュースを見る限り、業界では相変わらず激烈な技術競争が繰り広げられており、ビジネス環境の変化も相変わらず加速度を増したスピードでもって爆走している。気力も体力も失せてしまった私にとって、毎日のように飛び込んでくるこれらのニュースは今となっては単に興味の対象となってしまってはいるが、一時は業界には身を置いた者としては、怖いもの見たさのような不思議な興奮を覚えるのである。

このコラムは、表題にもある通りエレクトロニクス・半導体業界に関するニュース(特に海外の話題)をもとにして、その裏側を推測するものとしたいと思っている。以前の連載は、私の24年にわたるAMDでの体験談を記したので、基本的にネタは私の記憶にあったものである。できるだけ記憶違いをしないように過去の資料に目を通したりする必要性はあったものの、比較的すらすらと書くことができた。しかしこのコラムは日進月歩の現在進行中の出来事について書くことになるので、それなりの情報収集が必要になる。故にコラムの頻度は不定期となることを前もって申し上げておきたい。激烈な業界に身を置く読者の皆様の日々の活動に微力ながらお役に立てるものを書きたいと思っている。

たかがハードウェア、されどハードウェア

ここ10年のエレクトロニクス業界の話題を睥睨すると、デジタル化のおかげであっという間にコモディティ化が進むようになってしまったハードウェアには最早価値がないかのような見方が主流であるように感じる。特に、クラウドベースの星の数ほどの多種のアプリケーションが、広帯域のネットワークのおかげで大量のデータとともに直接ユーザーに提供される現在の状況では、ハードウェアの重要性は日々新たなビジネスモデルが登場するソフトウェアの主導権に隠れてしまって、当たり前のように進化する「ただの箱」のような扱いを受けていると感じるのは、かつてガチガチのハードウェアである半導体屋として人生をおくった私のひがみであろうか?

ハードウェアの重要性は下記の点について明らかである。

  • 当たり前の話であるが、どのような優れたソフトウェアもそれを動かすハードウェアがなければ単なるプログラムの羅列であってそれ自体に意味はない
  • 最終的なユーザーを人間と想定する限り、人間が手にして何かの行為をするデバイスは必要なのであり、そのデバイスは実存するハードウェアである必要がある
  • 最終的なユーザーがAIになるという極端な考え方もあるかもしれないが、AIでもプラットフォームとしてのハードウェアは必要となってくる
  • よって、日々進化するソフトウェアの価値を具現化するためのハードウェアにもおのずと常に日進月歩の技術革新が求められることになる

たかがハードウェアではあるが、されどハードウェアなのである。

エレクトロニクスのハードウェアの中心は相変わらず半導体にある (著者所蔵写真)

エレクトロニクスのハードウェアの中心は相変わらず半導体

そこで半導体業界である。今ではかなり様相が変わってしまってきているが、相変わらずの激烈な競争にさらされているのが実情である。一番のトレンドは業界再編成であろう。Motorolaから半導体会社として独立したFreescale Semiconductorが、同じようにオランダのPhilipsから独立したNXP Semiconductorsに買収されたのが昨年である。その買収が完了するや否や、この新生NXPはQualcommに買収されるという話がでてきた。まさに生き馬の目を抜く業界である。

この20年の間、半導体業界の不動の王者として君臨してきたIntelは今年その座をSamsung Electronicsに明け渡した。私が愛するAMDはまだ独立の半導体会社として生き残っている。最近発表した新しい世代のCPUとGPUでIntelとNVIDIAのライバルとして頑張っているようである。

業界再編成のトレンドは今後も続くであろう。半導体微細加工の技術が10nm以下になるにしたがって、プロセス技術の進化を推し進めるためには巨額の投資が必要であり、その財力、市場支配力を高めるためには中途半端なサイズでは生き残れない。業界再編の結果,国をまたがる合従連衡が進み、独禁当局の対応も複雑化してゆく。

もう1つのトレンドは、Apple、Google、AmazonなどのITビジネスの巨人たちが自社製の独自のハードウェアを持つようになったことだ。AppleもGoogleも独自開発のCPUをすでに自社の供給する機器、あるいはサービスを提供するプラットフォームに使用しているし、AmazonなどはデータセンターのビジネスでIBMの競合となっている。かつてNEC、日立製作所、富士通といった日本の電気産業の大企業は、自社のコンピュータ用のCPU・メモリを開発する半導体部門を自社内に持ち、それが世界の半導体市場を席巻したが、後に半導体部門を切り離すことになった。その後の日本の半導体メーカー(よく新聞記事などで言われる日の丸半導体という言葉は死語であると思われる)のその後の凋落は大変残念であるが、現在グローバル市場で起こっていることは、かつての日本の垂直統合型のビジネスモデルに戻っているように見える。ただし、大きな違いは現在のグローバル企業の圧倒的な規模である。Apple、Google、Facebook、Amazon、Microsoftの米国ITトップ5の手持ち資金の合計は日本の国家総税収入をすでに超えている。

これらの企業が新たなビジネスモデル、サービス、アプリを提供し続けるうえで必要なハードウェアの中心にあるのはやはり半導体である。各社が優れた半導体デバイスで可能となるサービスを提供するために自社にしかできない高性能で差別化された半導体を追求してゆくことには今も昔も変わりがない。

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、今年(2016年)還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。
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