2025年までに、127万もの中小企業が黒字のまま廃業を迎えるといわれている。その理由は、優良な中小企業の経営者の多くが高齢で後継者がいないためだ。仮に127万の中小企業が廃業したとすると、日本全体で650万人の雇用と22兆円のGDPが失われると予測されている。
若手自らが個人で企業を買収して経営するアメリカで生まれた仕組み「サーチファンド」を活用し、この大廃業時代を食い止める存在として活躍することが期待されているのが「ネクストプレナー」という存在である。本稿は「ネクストプレナー」として事業承継した河本和真氏が、自身の経験やそれから得られた知見をまとめたものである。
今回は静岡県立大学経営情報学部教授の落合康裕氏と対談を行った。全3回にわたりお届けする。
「点」から「プロセス」への事業承継
河本:東京商工リサーチの調査によると、2022年上半期の後継者不在による倒産件数は224件(前年同期比17.8%増)と急増し、2013年の調査開始以来、初めて200件を超えました。
高度経済成長期から現在にかけて日本を支えてきた中小企業において、後継者不在問題は大きな課題となっていますが、落合教授は学術的観点からどのように考えられていますか。
落合氏:今の日本の産業基盤を支える産業の集積や供給網を構成しているのは、まさに中小企業です。確かに、一つの中小企業が休廃業することくらい問題ないという意見もあります。しかし、その会社でしか扱うことのできない重要な技術を持つ企業が倒産してしまうと企業間の取引関係に負の影響を及ぼし、ケースによってはサプライチェーン全体が機能不全に陥る可能性もあります。これは、日本のものづくりの足腰を弱めることに直結するのではないかと危惧しています。
現在の日本の経営者の平均年齢は62.1歳であり、東京商工リサーチの調査開始以来、毎年上昇をたどっているようです。経営者の高齢化自体には長年の経験を生かせるというメリットもありますが、同社によると、高齢化によって新規事業に取り組む行動が減っていくようです。それに比べ、新規事業に展開する行動が最も多い年代は30~40代。しかし、30~40代の彼らはその分、経験やノウハウが少ない。
私は、そのような背景から「伴走型」事業承継というアイデアを提案しています。中小企業庁など行政機関も、従来型の課題解決型から伴走型への支援を提唱しています。
昨今増えている第三者承継は、橋渡しをする、いわば 「点」での事業承継が一般的です。ある時を境に経営者が変わった場合、先代経営者と後継者が並走する引継期間が親族内承継と比べてどうしても短くなりやすいように思います。
一方、伴走型の事業承継は先代経営者と後継者が一定期間伴走しながら事業承継を行うことを指します。伴走型事業承継では、先代のサポートを得ながら後継者が新規の取り組みを始め、ある程度経験や能力が高まった暁には、経営権を完全に後継者へ移行し、事業承継を完了することができるのです。
河本:私もサーチファンドという手法を活用し、保育園を事業承継しましたが、「点」で承継したことによって難しい部分は多くありました。
そもそも社長の年齢が上がると、必然的に従業員の年齢も上がります。そうした企業を30~40代の方が承継をすると、後継者にとって従業員をマネジメントしづらい環境であることも多々あります。
落合教授が提案されている伴走型事業承継にならって、先代と時間をかけて事業承継していくことによって、こういった課題の解決もスムーズに進められるだろうと思います。
30~40代が新しい挑戦に取り組むべき理由
落合氏:おっしゃる通りですね。私は30~40代の方々が、それ以上の年代層よりも新しい挑戦に取り組める理由は2つあると思っています。1つ目は「若いからこそ思い切った行動ができる」ということ、2つ目は「若いから経験がない」ということです。2つ目については、一般的には否定的な意味と思われがちですが、経験がないからこそ、従来の先入観にとらわれることなく、新しい発想で取り組めるということです。
一方で、新規事業に意欲的な30~40代の方々がチャレンジできる環境を創出するためには、先代世代がそのメリットを理解することが必要です。伴走型事業承継では、先代経営者や番頭が世代間の仲介者の役割を担うことがあります。
例えば、後継者が新たな挑戦をする時に、従来の慣習を重んじる先代世代の幹部社員から反発を招くことがしばしばあります。その際に、先代経営者や番頭が新旧両世代のスムーズなコミュニケーションの調整役となることが期待されます。
河本:私の場合、保育園の事業承継は伴走型事業承継ではなく「点」での事業承継でしたが、承継直後は失敗だらけでした。現場のオペレーションを変更したり、共通言語になっていないにもかかわらずミッション・ビジョン・バリューの話をしたりするなど、自分なりに変革を起こそうとしたのですが、残念ながら現場には受け入れてもらえませんでした。
そんな中でも、一つの取り組みによって従業員の方々と距離が近くなったと感じた経験があります。新しい収益源を生み出すために、新しいプロジェクトを立ち上げた時です。私が事業承継をした保育園には、小学校受験を目指して保育園だけでなく受験塾にも通っている子供たちが多くいました。
そこで、保育園で小学校受験準備をサポートできると保護者の方にも喜ばれるのではないかと考え、「お受験対策パッケージ」を提供することにしたのです。結果、14人の小学受験生全員が第1希望もしくは第2希望の私立小学校に合格して、早期に結果を出すことができました。
このプロジェクトに携わったプロジェクトメンバーにとっては、自身たちの頑張りで収益が立ち、それに基づいて賞与として還元されたという成功体験を得ることで、従業員が一丸となるきっかけになったと感じています。第三者が事業承継をする場合、意図的であったとしても、後継者の取り組みを分かりやすく作ることはとても重要ですよね。
スタートスモールの重要性
落合氏:それはとても良い事例ですね。私たちの世界では、その手法を「スタートスモールの戦略」と呼んでいます。
例えば、ファミリービジネスの場合、家業に入社したばかりの経験が浅い後継者の多くは、先代の息子・娘だからという理由で周囲から一目置かれるのですが、実力という面では認めてもらえていないことがしばしばあります。実際に、後継者からも先代からも同様の相談をいただくことがありますが、その際に私は、承継プロセスにおいて、「スタートスモールの戦略」の手法をお勧めしています。
特に成熟期を迎えている中小企業の場合、過去の成功モデルから脱却できないケースがあります。そのため、すぐに今のやり方を変える理由がないと考える場合が大半です。
この手法では、まず後継者に小さく新たな挑戦を始めさせます。小さく始めれば、仮に失敗してもすぐに撤退することで、組織全体に与える影響を抑えることができます(キル・スモールの戦略)。これらは、事業承継者だけではなく、スタートアップの起業家にも共通する経営の原理だと思います。
また、小さいながらも、後継者や後継者を支える従業員たちが成功体験を蓄積できれば、彼らの自己効力感を高めることができます。そして、先代世代や周囲に後継者世代の実績であることをメッセージとして伝えていく。
最初こそ、先代世代の人々からは「偶々なのではないか」と思われるかもしれせんが、後継者世代が累積に実績を残すことができれば、周囲からの納得感を得やすくなります。そうすると、後継者主導の組織が組織全体で承認され、組織内外での交渉力が高まるのです。つまり、後継者が未熟な若造ではなく、会社のキーマンになり、発言力がついた状態を作ることも可能です。
このように、社内や社外に対して次期経営者としての正統性を獲得することができれば、本当の意味での事業承継を完了できると考えています。その際にも、伴走型事業承継が非常に重要になります。後継者に急いで仕事を任せてしまうと、早く認められたいあまりに、大きな変革を起こそうとして大きく失敗してしまったり、組織を分割させたりしてしまう可能性があるかもしれません。
伴走型によって、事業の一部から徐々に任せ、小さく始めさせることがスムーズな事業承継への近道となるでしょう。
一般社団法人ネクストプレナー協会
代表理事 河本和真 氏
北海道大学経済学研究科会計情報専攻修士課程卒業。在学中、ベンチャー企業の立ち上げに従事。2014年4月、野村證券株式会社入社。2017年にテック系M&Aアドバイザリーに参画。2019年6月よりGrowthix Capital株式会社の創業メンバーに参画し、事業再生案件やクロスボーダー案件など幅広いディールを手掛ける。その他、譲渡に備えた財政状態の整備や事業拡大に纏わるコンサルティング業務や、ディール成立後の譲受企業役員として就任し、PMIの構築と実行に従事する実績を持つ。本連載の著者。