「失われた30年」――日本経済は今、このように表現されている。これはバブル経済の崩壊以降、本当の意味で景気回復がなされていないことを意味し、世界最長レベルの長期経済低迷と認識されている。
後継者不在により国内GDPは22兆円喪失
人口減少や少子高齢化も相まって、景気低迷からの出口を見つけられずにいる中で、拍車をかけるかのごとく日本はもう一つの社会的課題に直面している。それが「後継者不在」である。
経済産業省によると日本の中小企業は約400万社あると言われており、その内の半数以上を占める245万社において、2025年までに経営者の年齢が70歳を超えると言われている。経営者層の高齢化が進むにあたり、中小企業は事業承継されていかなければならない。
しかし、このうち127万社においては後継者が決まっておらず、廃業の選択肢を取らなければならない状況にあるという。そして最も衝撃的な事実として、このうち約半数である60万社の中小企業は経常黒字でありながら、後継者がいないが故に廃業の選択肢を取らなければならない状況にある。
これら127万社の中小企業が廃業の選択肢を選んでしまうと、日本経済にどのような影響を与えるだろうか。経済産業省の試算によると それらの企業に勤めている従業員の数は650万人と言われており、まずは、それらの雇用が一時的に消滅してしまう。それが起因して、日本のGDPは22兆円喪失すると試算されている。このような社会問題を、経済産業省をはじめ各種メディアが「大廃業時代」という恐ろしい言葉で表現しているのだ。
これまで「失われた30年」と言われてきた日本において、未来に待ち構えているのが「大廃業時代」では、失われた30年は出口を見出すことはできないだろう。恐らく10年後には失われた40年と言われ、そのまた10年後には失われた50年と言われているはずだ。
大廃業時代を救う存在になりうる「ネクストプレナー」
この「失われた○○年」という忌々しい日の目の当たらない長いトンネルから抜け出すために、目下「大廃業時代」に対抗する打ち手を用意しなければならない。その打ち手となる存在が「ネクストプレナー」という新しい働き方であると私は確信している。
ネクストプレナーとは、企業(事業)を引き継いで起業する存在であり、私が名付けた造語だ。 0から起業するのではなく、すでに存在している企業を事業承継することから事業を始める存在だ。
前述したように日本には、後継者不在に悩み、かつ経常黒字である企業が多数存在している。したがって、ネクストプレナーがこれらの企業を事業承継し、雇用を守りながら、さらなる付加価値を見出して世の中に新しいインパクトを与える存在となることができれば、大廃業時代を食い止めるための打ち手となるはずだ。
事業承継における一番の課題は「資金」
では、そのネクストプレナーはどのような手法で事業承継を実現していくのか。事業承継をするうえで一番初めに直面する問題は、「資金調達」である。
事業承継をする際、その会社の株式もしくは事業そのものを引き継ぐことになるわけだが、それらには必ずそれ相応の価値がある。それらを承継するためには、その価値に応じた金額で支払うための資金が必ず必要になってくる。一個人がこの資金を用意することは難しく何かしらの形で用意する仕組みが必要となる。
資金問題を解決する「サーチファンド」という仕組み
これらを解決する方法として、私は「サーチファンド」の仕組みを提案する。サーチャーと呼ばれるプロの経営者候補が、SPC(特別目的会社)を設立したうえで、投資家から一定の資金を初期的に調達し、その資金をもってサーチ活動(買収候補先の探索や精査)を行う。
買収候補先が決まれば、再度投資家と協議することで買収に必要な資金を改めて調達し、このSPCにて買収対象企業の買収を実行する。サーチファンドとは、この仕組みのことを総称して指す。
この仕組みは1984年にスタンフォードビジネススクールで生まれたモデルだ。経営者を目指して起業をしたいもののアイディアがないMBA取得生に、既存の企業を買収することで経営者になるという新しい選択肢を与えた。アメリカでは、スタンフォードビジネススクールでの成功をきっかけに、サーチファンドがハーバードをはじめとするトップMBAに広がっている。
私は、この仕組みをネクストプレナーが事業承継を行う際の資金調達の手段として活用するのが良いだろうと考えた。
サーチファンドという仕組みはアメリカのMBA取得生が持つ課題を解決するために生まれたモデルではあるものの、 後継者不在問題を抱える日本の中小企業オーナーにも適している。
というのも、親族内承継を実現できない中小企業オーナーは、会社を存続させていく選択肢としてM&Aにより会社を売却するという選択肢しかない。確かに会社を売却することに対するイメージは、数年前よりは改善したものの、いまだに身売りした(悪いことのようなイメージ)という認識が強く根付いている部分は否めない。
一方で、ネクストプレナーという個人がサーチファンドの形式で資金調達を実施し、事業承継をするというモデルに組み替えると、同じく株式や事業を承継するスキームであるにもかかわらず、中小企業オーナーの印象は一変するケースが多いことが分かった。
なぜ、そのようなマインドチェンジがあったかを聞いてみると、「どこかの会社に売却したというイメージではなく、オーナー自身で後継者候補を見つけたという感覚に近い。従業員や取引先にも説明がしやすい」ということだった。
ネクストプレナーという新しい働き方は、元気のない日本に必要な経営者を生み出す機会となり、経営者になりたいと考える志の高いビジネスマンの新たなキャリアとなる。そして、サーチファンドという仕組みが、彼らの資金調達の助けとなり、後継者不在問題を抱える中小企業オーナーが引退をしやすい環境を作り上げる。
これら2つの存在を日本に確立し、環境を整備していくことが、「大廃業時代」に対する打ち手となり、「失われた30年」からの脱却へと導く、一筋の光となる事を期待している。