「日焼け止め」に含まれる一部の成分が海に流れ出ることで、サンゴ礁の白化や遺伝子の損傷を引き起こし、死滅させる恐れがあるほか、海洋環境に重大なダメージを与える--この話は海に関心のある人やマリンスポーツをする人なら耳にしたことがあるかもしれない。→過去の回はこちらを参照。
日本では日焼け止めの使用や販売について、一部地域での独自ルールはあるものの、法規制はないが、海外では法制度化されて久しい。
例えば、2020年1月には太平洋の島国パラオでは、紫外線吸収成分「オキシベンゾン」「オクチノキサート(メトキシケイヒ酸エチルヘキシル)」に加え、石油由来の合成防腐剤「フェノキシエタノール」「メチルパラベン」など、10種類の化学物質を含む日焼け止めとスキンケア製品の販売・使用が禁じられた。販売者には最高で1,000ドルの罰金が科され、国外から持ち込まれた製品は没収となる。
約1年後の2021年1月には米国ハワイ州で、前出の「オキシベンゾン」「オクチノキサート」を含む日焼け止めの販売を禁止する法案が施行されている。どちらの国でも、それらの成分がサンゴ礁や海に有害なものとして捉えられ、海洋生態系保護の観点から、自然環境にやさしい成分が使われたものを使うことが求められているのだ。
前出のように日本に規制法はないものの、環境配慮型の日焼け止めを発売するスキンケア・コスメブランドは数年前から出てきている。2016年に生まれたオーガニックコスメブランド「moani organics」はその筆頭ともいえる。ものづくりの過程から、SDGs目標における「12. つくる責任 つかう責任」「14. 海の豊かさを守る」「15. 陸の豊かさを守る」に貢献するブランドの1つ。
2017年以前に企画・発売開始したスキンケア製品は、フランスの国際有機認証機関「ECOCERT」が掲げる「ECOCERT ORGANIC基準」に則った「ECOCERT ORGANIC認証」を取得。
2017年以降に企画・発売開始した製品では、新たにできた(ECOCERTを含む各国有機認証団体の基準は2016年12月末で終了し、2017年1月よりオーガニック世界統一基準「COSMOS」に完全移行している。)統一基準「COSMOS基準(COSMetic Organic Standard)」のうち、より厳格な基準であるCOSMOS ORGANIC認証を取得している。
ブランドを手がけるのは、国内外契約ブランドの卸売販売や自社製品の企画・開発を行うファブレスメーカー、フォーチュン。代表取締役の木下学浩さんに自社ブランドであるmoani organicsを通じて実現したい世界について話を聞いた。
環境配慮と使い心地の良さを両立させるものづくり
同社は木下さんが独立前まで勤めていた広告代理店のメンバーと共に2003年に設立された。moani organicsの企画がスタートしたタイミングは2013年だ。サーフィン歴約30年の木下さんは日差しの強い海外へサーフトリップに行くときは日焼け止めを欠かさず塗っていたが、2010年代以降、日焼け止めに含まれる成分がサンゴ礁にダメージを与えることを知り、問題意識を持つようになっていた。
「サーファーをはじめとするマリンスポーツをする人にとって日焼け止めは必需品です。当時はサンゴ礁や海に配慮した成分を用いた日焼け止めはなく、広く一般に売られている商品を使っていました。ただ、自然環境に悪影響が及んでいるのを知り、いろいろと調べるうちに、環境にやさしい日焼け止めを自ら作ろうと思い立ったのです。自分たちの欲しいものが市場にないなら、自分たちで作ればいい、と」(木下さん、以下同)
同社にコスメ開発経験はなかったが、環境にやさしいコスメ=オーガニックコスメと考え、オーガニックについて調べ始める。しかし、日本国内において、食品にはJAS(Japanese Agricultural Standards、日本農林規格)をはじめとする法律があるが、オーガニックにはそれがない。
海外では使用が禁じられている環境に悪影響を与える成分や石油由来の成分を使っていても、オーガニック系の成分を若干使っていることを理由にオーガニック製品であると掲げるコスメも存在しているのが現状だ。
そこで木下さんが決めたのは、第三者が掲げる基準を守っているような、真のオーガニック製品を求める顧客から信頼されるものづくりを行うことだった。
グローバルで厳格なオーガニック認証組織として知られるECOCERTの基準を満たす商品開発を目指し、日本各地の工場にアポをとって、オーガニックやECOCERT認証への学びを深めていったのだった。その過程で、ECOCERT認証取得済みの海外ブランドの日焼け止めに出会ったことが、moani organicsを環境にやさしくありながらも、使いやすさも叶えるブランドにしようという強い決意につながっている。
「ECOCERT認証を受けるには、紫外線吸収剤を使うことができません。代わりに酸化亜鉛や酸化チタンなど自然由来成分を処方して、紫外線を物理的に跳ね返す必要があります。ただ、それらの分子は大きく、日焼け止めにするとどうしても重たいテクスチャになり、伸びが悪くなるのです。先の日焼け止めを手に取ると、ドーランのように重いテクスチャでした。無色透明でさらさらした質感を作れる石油由来の紫外線吸収剤を使わずに、自然由来の成分でいかに心地よい質感を実現するかが大きな課題となりましたし、なんとしてでも形にしようと思いました」
中身だけでなく、容器にも環境配慮を
2013年の企画開始から約3年半。2016年8月、moani organicsが誕生した。そのタイミングで日焼け止め2種類、保湿美容液2種類、アウトバストリートメント1種類の5製品が並んだ。
ブランドが生まれるきっかけとなった製品である日焼け止め(UV SKIN PROTECT MILK)は国内最大の紫外線防止指数(SPF50+ PA++++)を持ちながら、100%天然由来成分で作られ、日焼け止めでありながら肌荒れと乾燥を防ぎ、美容液のようなみずみずしい潤いを与え、乳液のようにさらさらとした使いやすい質感に仕上がった。
その後、2019年に保湿化粧水、美容クリーム、2020年に保湿化粧水(AFTER SUN MIST)、ハンドクリームと製品ラインナップが増えているが、開発に時間を要する背景はいくつもある。まずは、ECOCERTの認証基準が非常に厳しい点だ。
配合するオーガニック原料は、土づくりの段階から独自の基準をクリアした認証原料を使用しなければならないほか、製造工程や容器においても環境配慮型のものを使用しているかなど、細部に至るまで細かいチェックがなされ、認定後も年次の検査が続くのだ。2022年度の検査は5月20日に実施され、書類提出に加えインタビューを受けるなど、3時間半ほどを要するヘビーな内容である。
2つ目は容器の問題だ。moani organicsでは7月に日焼け止め化粧下地を新商品としてリリースする。他製品と同じくCOSMOS ORGANIC認証を受けたもので、企画立案から1年半かけてここまで来た。サンプルを何度も作り直し、中身としては満足いくものが仕上がったところで課題が生まれたという。
「これまでは高品質で管理体制も優れた国産メーカーの容器を使用していました。しかし、単に優れた容器ではなく、サステナブルな『エコ容器』を使いたいと思ったのです。残念ながら国内にはエコ容器の品揃えはまだ少なく、今回初めて、プラスチックの本体の一部に『紙』を含んだ海外製の素材を使うことにしました。その素材は従来のプラスチック素材と比べるとプラ使用率を約60%減という画期的なものです。ただ、海外製の容器だと中身との相性、国内工場規格と合わないことがあり、調整や試験に時間がかかるのです」
中身だけでなく、容器についても環境配慮志向が高まる今、バイオマスプラスチック容器や再生ペット樹脂容器も出てきている。moani organicsでもエコ容器を採用し続けているが、過去に中身の充填がうまくいかず、製品化を断念したものもあったという。ECOCERT認証において環境配慮型パッケージへの見直しは現状「努力義務」ではある。
しかし、例えば、製造時に使う窯を洗浄する際、合成界面活性剤を含む一般的な洗剤の使用は禁止されており、ECOCERT認証されている石鹸などのCOSMOSの要求事項を満たす洗剤を使用することは「義務」として課せられている。たとえ努力義務であっても、義務と同じスタンスで向き合いたいと木下さんは考えているのだ。
ブランドへの共感者を起点に広がっていく
2022年でブランド誕生7年目を迎えるmoani organicsは、以下のようなビジョンを掲げている。
「大好きな海がいつまでも美しくあるために、そして、紫外線のダメージを気にすることなく、適切なケアをしながら太陽の下で思いっきり遊べるように、先進技術を取り入れながら、オーガニックの本質である「サスティナビリティ」と、コスメプロダクトとしての「実感できる高い効果」を同時に実現していくこと」(moani organics公式サイトより引用)
このようなビジョンに共感する人々たちの間で、moani organicsは口コミを中心に広がっている。過去、大手のバラエティストアでポップアップを開催したこともあるが、さまざまな金額やコンセプトのコスメの近くに並ぶと、知名度の高さや価格の安さを特徴とする製品の陰に隠れてしまう。天然由来成分だけを用いる際の製造コストの高さや開発背景を知らない人、成分・環境への問題意識をさほど持たない人が、安価な製品を手に取るのは無理もないといえる。
そのため現在は、自社の公式サイト(ECサイト)を中心に、リアルではmoani organicsのブランドとしての想いに共感を寄せたショップやサロン、ホテルなど、全国各地の店舗で発売している。国際化粧品展やアパレル、アウトドア関連の合同展示会などに出店し、moani organicsと同じ価値観を持つ店舗と出会い、取り扱いが始まるケースが多いという。このほか、moani organicsが活動をサポートしているブランドアンバサダー(moani FRIENDS)のような女性たちの周りでも利用者が増えている。
ECでの購入比率が約50%というから、moani organicsではアナログかつ地道な口コミが非常に重要な位置付けであるとわかる。なお、ネットでの広告施策はほとんど行わず、Instagramで広告を不定期に展開する程度。広告で勝負しようとしても化粧品というカテゴリで考えると競合が多すぎるため、公式サイトで展開する海や環境に関するコラムや公式Instagramで発信しつつ、ブランドの在り方に共感し、ブランドを大事に思う人たちを通じて広がっていくことを理想としている。
「サーフィンをする者として環境保護を意識した行動を続けていますし、一個人としても綺麗な海が保たれればいいなと考えています。マイクロプラスチック問題の改善にも貢献したい。moani organicsというブランドは、私のようにそんな思いを持ちながらスポーツをする方を中心に支持されていますが、日常生活で日焼け止めを用いるすべての方に手にとっていただきたい製品です」
moani organicsでは新製品の発売を常に念頭に置いて、現在も試行錯誤を繰り返している。自分たちの理想とする、環境にやさしく人に心地よい製品を作りたい。そんな真摯な思いで、持続可能なものづくりを続けていく。