デジタルとファッション、サステナビリティを掛け合わせる
大量生産に大量消費、大量廃棄--。アパレル業界の負の構造を変えようと、環境にも人にもやさしいものづくりを始める企業も出始めている。特に、大企業が率先して動く意義は大きい。業界内外に大きなインパクトを与えやすいからだ。→過去の回はこちらを参照。
多彩なブランドを日本のみならずアジア各地でも展開するブランド事業のほか、デジタル、プラットフォーム事業も持つワールドも新たな取り組みに挑んでいる。創業60年を超える歴史を持つ企業だが、スタートアップのような顔も持つ。
同社 ネオエコノミー事業本部が2021年秋にローンチした、女性エンパワメント・シューズブランド「Oito(おいと)」はその一例だ。2020年に立ち上がった新規事業インキュベーションユニット「F3(fashion for the future)」による、リーンスタートアップをブランド開発に取り入れる「F3メソッド」を使って生み出した第一弾ブランドがOitoだという。
ブランド名のOitoは、糸を紡いでいくように人と人との距離が近づいたり、糸と糸とで織物ができあがるように「つくり場」と「消費者」が交流したりと、人や場所をつなげるような存在になりたいとの想いで名付けられた。シーズンやトレンドを追わない、長く履ける靴を生産している。
「一人ひとりのお客さまに寄り添いながら、できるだけサステナブルなものづくりを行うチームです。デジタルとファッション、サステナビリティを掛け合わせた、これまでのワールドにないタイプのブランドであることも意識しています」
こう語るのはOito ディレクターを務める中條亜耶さん。中條さんとネオエコノミー事業本部 F3 Oito 副部長である藤田友明さんのおふたりに、Oito流のものづくりや目指す未来について話を聞いた。
顧客の心を満たす、普遍的で長く使えるものを作りたい
企画開発は2020年初頭に、経営や起業に通じている中條さんの他、靴作り、UI/UXを専門に持つ3人のファウンダー(当時)でスタート。多様なバックグラウンドを持つメンバーだが、簡単に消費されるものではなく長く使えるものを丁寧に作りたいとの想いは共通していた。会話を重ねる中で、パンプスやヒールの作り方はこの100年変わっていないと知り、中條さんは婦人靴について調べ始める。
同6月には世界各地の人々100人にエスノグラフィックインタビューを実施した。取材対象者の日常生活の延長線上でインタビューする没入型のリサーチ手法で、コロナ下真っ只中だったこともあり、1人あたり1時間ほどオンラインで行っている。週末の過ごし方や人生の価値観など個人を深く知る話から入り、靴箱を見せてもらいながら、対象者の感情に寄り添って話を聞いていった。
「インタビューを通して特徴的だったのが、日本人女性のほぼ全員が自分の足に何らかのコンプレックスを持っていることでした。幅広で甲高、扁平足などを挙げる方が多く、私の足は普通で悩みはありません、という方はひとりもいなかったんです。それは足を靴に合わせざるを得ない状況だからではないか、逆に靴を足に合わせるようにすることが、お客さまの悩みを解決する手段になるのではないかと考えるようになりました」(中條さん)
約1年に及ぶ開発期間を経て、2021年6月にはクラウドファンディングサービス「Makuake」で先行受注会を開催。後述する「和紙糸」と再生PET(ポリエステル糸)を編み合わせた「Washi Flat(わしふらっと)」をお披露目した。ここにたどり着くまでの道は険しかったと中條さんは振り返る。
インタビューやヒアリングを通じて、顧客は日ごろデジタル機器と密接に関わって暮らしているせいか、自然や人との触れ合いに癒しを感じていると分かった。
Oitoを履いている間も癒しを感じてもらいたい。では、内側やインソールなど肌に当たる部分に使う素材として心地よいものは何かと考える中で候補となったのが和紙糸だった。かつて草履は余った藁を編んで作っていた。天然素材でできた履き物は私たちの日常にあったのだ。
和紙糸は間伐材の樹皮を原料に作られる。天然由来の抗菌防臭効果、吸湿効果を持つとされる他、通気性の良さからも、においの解消・緩和に最適な素材だと考えられている。しかし、簡単に編み上げられる合成素材とは異なり、和紙糸の取り扱いには試行錯誤を重ねた。「顧客が欲しいものを作る」一心で開発を進めたWashi Flatは、Makuakeでの先行受注で目標比4,500%を達成。それから約5カ月後の2021年11月にはOito公式サイトをローンチした。
婦人靴の常識をくつがえす特徴
Oitoでは糸やニット編み、靴と各領域のプロフェッショナルたちが業界の垣根を越えて集まり、「環境への負荷が少ない素材選び」「不必要なものは加えない」「無駄を省く」「ゴミになるものは最初から作らない」の4つを重要視し、できる限りシンプルに、生産プロセスからヘルシーになるような配慮でものづくりが行われている。
特に部材の少なさはOitoの大きな特徴だ。くぎ打ちされたヒールや各種パーツを筆頭に、靴は組み立て部材が多いため、リサイクルがしづらく、環境負荷の高いアイテムともいえる。部材が多いほど製造工程も増えて非効率になるが、Oitoのベースになるのは糸でミニマムな部材を用いているため、ヘルシーかつ効率的なものづくりを実現している。
ただし、Oitoは環境配慮型のものづくりをするだけではない。靴がファッションアイテムであるからこそ、日本人女性の足をきれいに見せるデザインも大事にしている。
足をきれいに見せたいからという理由で、窮屈さや痛みを我慢しながらレザーや合皮のパンプスを履いてきた女性たちにも、履き心地の良さと見た目のきれいさは両立できると伝わっていることだろう。
そんなOitoの靴と他の靴との違いは大きく4つある。1つ目は軽さだ。Washi Flatは片足分でわずか123g。顧客からは「こんなに軽いなんて信じられない」と感動の声が寄せられるという。
2つ目は心地良さだ。糸は構造として微細な鎖で連なっている。特に和紙糸は空気をたくさん含んでいることもあり、鎖の1つ1つが足の形に沿って少しずつ動いて、足をやわらかく包み込む。柔らかな包容力には木型を作る工場が大きく貢献している。
「木型は手で削って作っています。木型師の腕が靴の履き心地を左右すると言っても過言ではありません。和紙糸を使った靴は一般の靴より木型をスリムに作れるのにはびっくりしました。Oitoの靴はほっそりしたシルエットのものが多いですが、ワイズ(※)が大きめな足でもやわらかく包み込んでくれます」(中條さん)
※親指の付け根から小指の付け根に向かって足の周囲を測った長さで「足囲」ともいう。靴裏などに表記されるEやEEなどがワイズの大きさを表す
3つ目は素足で履けることだ。夏にパンプスを履く際に、浅ばきのフットカバーを着用する女性は多いが「靴の中でカバーが脱げて丸まってしまう」といった声は多く挙がっていた。Oitoであればフットカバーを履く必要がない。肌に当たる部分に使われる和紙糸は汗を吸収するだけでなく、速乾性も高い。夏場に足に汗をかいても常にさらっとした快適な状態をキープできる。
4つ目は靴本体もインソールも自宅で洗えることだ。200回洗濯機に入れて洗っても形を保つことが、第三者機関での洗濯耐久性テストで確かめられている。一般の革や合皮のパンプスが持っている「常識」をくつがえすイノベーションが詰まった靴なのだ。
返品・交換システムの先にある、誰もにやさしい取り組み
SDGs目標でいうと「12.つくる責任 つかう責任」に関係するビジネスを展開するOitoでは販売プロセスでも、さまざまな工夫をしている。例えば「30日間返品・交換可能」な仕組みは多くのブランドが持っているが、Oitoも同様に購入後30日間はいつでも返品・交換ができる(※)。
※「訳あり品 SALE」商品に関しては返品不可
「靴売り場で試着しつつも10分ほど迷っている女性を見たことがあります。試着して買ったけど、いざ外で履いてみたら試着時と感覚が違ったという声を聞くことも珍しくありません。短時間の試着でその靴が自分に合うかどうかは判断しづらく、実生活で履いて足に合うかどうかを確かめてもらいたいと思っています。私たちはお客さま自身が心地よいと感じる靴を買っていただきたいと思っています」(中條さん)
しかし、単に返品・交換可能なシステムを用意しているだけではない。特筆すべきは、顧客から返品されたものを洗濯してきれいにして、通常価格よりも安く販売する「リユースセール」を開催していることだ。
Oitoを買いたいと思っていたものの、金額面で躊躇っていた顧客にも間口を開いている。また、返品を可能にすることで気軽に試してもらいたい、商品を届ける過程でも顧客に寄り添いたいといったブランド側の思いもある。
とはいえ、一度の買い物で自分にぴったりな靴を選んでもらうのが一番だ。そこで、商品それぞれで選び方の目安を記載したり、商品送付時にサイズ調整用インソールを付けたりしている。
人の足は左右で厚みや大きさが微妙に異なり、0.5cm程度の差があることも珍しくない。また、同じ人でも体調や時間によって足の状態は変化する。
インソールを入れたり抜いたりすることで、フィット感を調整できるのだ。こうした返品率を下げる施策や試着会、ポップアップなどが功を奏し、1桁の返品率を保てているという。
日本のものづくりを守り、長く愛される靴を生産する
すでに顧客から支持を集めているOitoだが、ブランドとしてより成長していくため、今特に力を入れていることがある。
「引き続きお客さまとの接点を増やすことに注力する必要があります。私たちはお客さまの声を元に課題解決につながるものづくりをしたい、新機能を追加してOitoをより良くしていきたいと考えています。そのため今でも絶えずお客さまの声を集め続けていて、いただいたご意見を商品開発に生かしています。ただ、ECサイトでの販売がメインとなるOitoでは、お客さまと直接お会いしてお話を聞く機会はそれほど多くありません。自社ブランド内でポップアップのスペースをもらったり、自社ビルで試着会を行ったり、リアルでの機会を増やすべく動いています。靴を直接履いていただきたいですし、率直なフィードバックをいただけたらうれしいです」(藤田さん)
6月のデータでは売上の8割がWebから、2割がポップアップなどの店舗から発生したという。Webが圧倒的に強いが、靴という商品特有の「履いてみないとわからない」へのアプローチとしてリアルの場を設けることも重要だ。
9月上旬には、光で発熱する「Thermo糸/サーモ糸」を用いた秋冬物の「Hidamari Thermo」シリーズが2パターン新発売となる。6人のOitoチームで全員が納得するものを顧客のために作ろうと常にヒアリングを続けている。
その熱意の根底には「“日本のつくり場”を守りたい」という想いがある。経済産業省の「履物産業を巡る最近の動向」(令和2年)によると、日本の革靴産業でいうと現在6割近くが輸入品とのデータもある。Oitoの調べでは婦人靴の国内生産シェアは2016年ごろから10%を切って、その後も下がり続けているという。
しかし、Oitoは日本のメーカーと手を組んで、今後も新たなチャレンジを重ねていく。顧客である日本女性の足に通じていて、彼女たちの足をきれいに見せるノウハウ、確かな技術を持つのは、やはり日本のメーカーだからと考えているからだ。だからこそ、靴の産地として名高い神戸・長田のメーカーと開発・生産を行っている。
「Oitoで行うものづくりは決して簡単ではありません。しかし、難しいことに挑むことでお客さまとつながれたり、工場の方が生き生き働いている姿を見られたりすると、ものづくりを行う者のひとりとして感動をおぼえます。これからも、女性の自信につながったり自然体になれたりするような靴作りを続けていきます」(中條さん)
Oitoの環境、顧客、作り手と三者にやさしい三方よしの取り組み。顧客とともに作る靴ブランドが、この先もいろいろな靴の常識をくつがえしていく。そんな未来が見える気がした。