その道を極めた研究者ならば、きっと愛してやまないお気に入りのものがあるはず――。さまざまな分野で活躍されている研究者の方々に、ご自身の研究にまつわる“好きなもの”を3つ、理由とともにあげていただいている本連載。今回は、宇宙X線望遠鏡を使った中性子星の観測などを行う天文学者 榎戸輝揚さんお気に入りの天体をご紹介します。

研究者プロフィール

榎戸輝揚 (Teruaki ENOTO)
天文学者。東京大学大学院理学系研究科 博士課程修了。スタンフォード大学、理化学研究所、NASAゴダード宇宙飛行センターの研究員などを経て、多様な分野で創造性に富んだ人材を国際公募する京都大学白眉プロジェクトに平成27年度より採用される。京都大学の宇宙物理学教室勤務。専門は宇宙X線望遠鏡を使った中性子星の観測などで、極限環境で起きる物理現象を研究している。学術系クラウドファンディングも駆使し、オープンサイエンスの枠組みで進める「雷雲プロジェクト」の地上観測も進める。趣味は歴史小説とNHKの番組。@teru_enotoツイッターアカウントでたまに呟く。

天体観測をしている研究者には、みんなそれぞれに思い入れの深い、お気に入りの天体があると思います。星の数ほどさまざまな種類の天体がありますが、自分の研究テーマに関連の深いものから3つあげるとすれば何でしょうかね。

1. 宇宙の灯台「かにパルサー」

X線やガンマ線などのエネルギーの高い光を使って宇宙を観測している人たちの中で、知らない人のいない有名スターといえば、宇宙の灯台「かにパルサー」があげられます。質量の大きな星が一生の最後に超新星爆発を起こすと、中心に密度のきわめて大きな天体「中性子星」を残すことがあります。中性子星は、直径20kmほどの大きさで、太陽と同じくらいの質量をもち、1秒間に30回転もするという特殊な天体です。潰れようとする莫大な重力を、きわめて密度の高い物質特有の力が支えます。中性子星の代表格でとても明るく輝いている星が、かに星雲の中心に鎮座するかにパルサーです。周期的に電波やX線のパルスを出しているので、「パルサー」と呼ばれます。かにパルサーは昔から多くの人によって観測されていますが、今でも新しい発見の尽きない素敵な天体です。

ハッブル宇宙望遠鏡とチャンドラX線観測衛星のX線画像を組み合わせた「かにパルサー」の画像 (出典:NASA/CXC/ASU/J.Hester et al.)

2. 驚異のマグネター「1E 1547.0-5408」

中性子星には多様な種族がいることがわかってきました。種族というのは、光るためのエネルギー源や、光のスペクトルの顔つき、活動性などの違いによるものです。孤立した星か、お互いの周りをまわる連星になっているかなどの違いもあります。最近の話題として、銀河系の中に見つかってきたおよそ2000個の中性子星のうち20天体ほどは、ほかのものより2~3桁ほども磁場が強く、突発的に明るくなったり、バーストを頻発したりする特異な天体「マグネター」であることがわかってきました。なかでも自分のお気に入りのひとつは「1E 1547.0-5408」です。“1E”は、アインシュタイン衛星に見つかったカタログに記載されている星を意味しており、そのあとの数字は地球から見た天球上の天体の位置を示しています。昔はやや大人しい子だと思われていたのですが、2009年の2月に急に明るくなってバーストを大量に起こし、世界中の宇宙望遠鏡で観測されました。自分も日本のX線衛星で観測して、新しいタイプの光の放射成分を発見したので、思い入れの深い星です。

3. 謎の高速電波バースト

天文学の面白味は、誰も予期しなかった天体や新しい現象が見つかってくることです。そのひとつとして近ごろ話題になっているのが、「高速電波バースト(fast radio burst)」という現象です。どうも宇宙のはるか彼方から、電波の強烈なバーストがやってきているらしいのです。報告数も増えていて、研究が急速に進んでいるテーマのひとつです。一時期は類似した別の現象との区別が問題になりましたが、類似現象の方は、なんと電子レンジで加熱した際に待ちきれずに開けると発生するノイズが電波望遠鏡に紛れ混んでいたということがわかってきました。それとは区別できる高速電波バーストは、宇宙からやってきた正真正銘の信号だと考えられています。私自身はこの研究はやっていないのですが、中性子星、とくにマグネターに関係しているのではないかと睨んでいて(期待していて)、いったいどういう現象なのか解明されるのが楽しみです。

宇宙は広く天体も多種多様なので飽きないのがよいですね。