本連載ではこれまで、SaaSビジネス全般、最近特にSaaS業界で注目を集めているプロダクトマネージャーの仕事について解説してきました。今回からはSaaSビジネスを手掛ける企業のセールスイネーブルメントについて、当社(チームスピリット)での取り組みを踏まえながら解説します。
セールスイネーブルメントとは、営業社員のスキルを底上げし、目標を達成し続けるための育成の仕組みです。強い営業組織を作るために必要な考え方であり、セールスイネーブルメントを導入することで組織がどう変わるのかを紹介します。
営業組織の作り直しにチャレンジ
筆者がCRO(Chief Revenue Officer:最高レベニュー責任者)としてチームスピリットに入社したのは、2022年12月のことです。その前は、セールスフォース・ジャパンに12年在籍し、最初の6年は中小~大手企業の営業を、後半の6年はセールスマネジメントを担当していました。
当時のチームスピリットは顧客ターゲットを中小企業からエンタープライズに拡大していくステップにあり、自分のこれまでの経験や知識を生かせると思い入社しました。チームスピリットはターゲットとしている市場や製品にポテンシャルがあり、成長の余地が大きいと感じました。
筆者が入社する前の当社は中小企業向けのマーケティング施策や営業戦略、体制をメインとしており、エンタープライズ向けの営業を行うための戦略・組織・リソース配分・施策が整備されていなかったので、営業体制の刷新に取り組みました。
顧客セグメントを例にすると、以前は従業員1000名以上の企業とそれ以下に組織を分けただけでした。そこで、これを4つのセグメントに見直し、向き合うべきお客様像(ペルソナ)、規模、業種などを改めました。また、目標設計やKPI、Forecastを通じた数字の組み立て方なども変更しました。
部門を超えた大きな変更としては、インサイドセールスを含むマーケティングチームとフィールドセールスの営業チームを、一つの部門としてセールス&マーケティングディビジョンに統合したことがあります。
このように、筆者は入社後に組織全体を強化するべく、手を打つべき10個ほどのポイントを用意しました。そのうちの一つがセールスイネーブルメントです。以下、セールスイネーブルメントとはどのような取り組みなのか、そして、どのような価値があるのかをお伝えします。
セールスイネーブルメントとは
セールスイネーブルメントは強い営業組織を作るための人材育成の仕組みであり、営業社員が目標を達成し続けるための取り組みです。営業社員全員の成績を底上げした結果、成果を出せる強い営業組織になれるのです。
セールスイネーブルメントの取り組みは、2008年ころに欧米の企業で始まりました。日本ではセールスフォース・ジャパンで2012年に取り組みが開始され、他の企業にも広がっています。人材育成は人事が主導して行う場合も多いですが、セールスイネーブルメントの専門組織を営業部門内に配置することも有効だと考えています。
B to Bであれば業種を問わず有効なセールスイネーブルメントですが、特にSaaS企業で取り入れている傾向が多いです。筆者の考えでは、SaaSの売り方の難しさが、セールスイネーブルメントが注目される背景にあると思います。
受託開発の企業であれば、顧客の課題や要件、要望を聞いて、それを仕様に落とし込み見積もりを出して契約するのが営業の仕事です。しかし、SaaSの場合は目指すビジョンやバリューに沿って機能をそろえ、それを使ってもらうことでユーザーに価値を提供します。そのため、営業担当は顧客のビジョンへの共感が必要なだけでなく、そのビジョンを実現するために顧客が自社サービスをどう活用できるかを提案します。
SaaSは企業個別の理想や要件にすべて対応できるわけではないので、営業担当はユーザーの業務をどう変えるのかまで踏み込むことになります。適切な提案のためには、自社製品の深い理解はもちろんのこと、顧客の業務や競合他社製品の理解が必要です。そこまでできる営業を育てる仕組みこそが、セールスイネーブルメントなのです。
セールスイネーブルメントでは、営業人材の育成プログラムを計画(Plan)し、実行(Do)し、その成果を検証(Check)し、見直し(Action)を行うように、PDCAサイクルを回していきます。トレーニングをするだけでなく、その効果をテストなどを通して検証し、検証結果をフィードバックして改善し続けていくことが必要です。
セールスイネーブルメントのターゲットと目標設定はどうすべきか
セールスイネーブルメントにおいて、育成の対象やKPIは企業によって異なります。当社の場合はまず、中途社員向けのオンボーディングとして育成プログラムを実施しています。また、セールスイネーブルメント組織のミッションは、営業チーム全体のスキル底上げによる目標収益の達成です。
すでにセールスイネーブルメントが定着している場合は、営業担当者の売上の中央値を引き上げる目標に設定する場合もあります。販売代理店による販売を強化していく場合には、パートナーのための育成プログラム「パートナーイネーブルメント」も有効です。
当社は今後、このパートナーイネーブルメントや、ローレベルおよびミドルレベルの営業社員をハイパフォーマーにするためのトレーニングも実施したいと考えています。現状では、まずは中途採用の人材育成のためのプログラム構築と育成トレーニングを開始した段階です。次回はチームスピリットのセールスイネーブルメントの仕組みをさらに詳しく紹介します。