本連載では、SaaSビジネスについて成長の背景やビジネスモデル、ビジネス参入時の課題などについて取り上げます。今回は、B to B(法人向け)SaaSの今後の展望と生き残り戦略についてご紹介します。

これからのB to B SaaSはどうなっていくのか?

現在のB to B SaaS業界は、ホリゾンタルSaaSとバーティカルSaaSに二極化しています。ホリゾンタルSaaSとは、業界横断的にサービスを提供していく方式です。労務管理や経費精算、人事、経理などバックオフィス業務の効率化のためのサービスをはじめ、社員が業務で使う文書、画像処理、オンラインストレージなどがこれに該当します。

もう一方のバーティカルSaaSは、特定の業界に特化したサービスです。建築、製造、医療、製薬、教育など、各業界に限定された業務に合わせたサービスを提供しています。業界によってはこれからDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進する企業が多いため、今後はあえて現在デジタル化が進んでいない業界をターゲットに、バーティカルSaaSとしてサービスを提供して成長する企業が増えそうです。

最近では、サービス体制の強化や新分野への参入を目的とするM&Aが増加しているのも特徴です。バックオフィスを対象としたビジネスのM&Aも行われており、機能を補完したり、お互いのノウハウを組み合わせてサービスを強化したりするような事例があります。さまざまなスタートアップ企業が新しいサービスをリリースしているので、大手企業はその動向をチェックしながら、自社が対応できていない分野に対して提携やM&Aを行うことで、競争力の強化につなげている例もあります。

今後SaaSビジネスの立ち上げの際に気を付けるポイント

ここからは、今後新しくSaaSビジネスの立ち上げを考えている人に向けて、気をつけるべきポイントを紹介します。

まずは、どの領域に参入するかです。SaaSは完成品を正解としてリリースするのではなく、顧客にサービスを提供してフィードバックを得ながら機能を拡張していきます。そのため、競合企業が多い領域に後から参入するのは難易度が高いです。

競合となる企業は、機能だけでなく顧客とのやり取りで得られたノウハウや知識を蓄積しているので、後から参入すると常にそれを追い続ける立場になるからです。レッドオーシャンとなっている市場で最先端の製品をリリースしたとしても、他の企業は常にその先の準備をしているので、すぐに陳腐化してしまいます。

また、受託開発からSaaSに転向する際に気をつけたいのが、SaaSプロダクトはアジャイル開発を採用するべきだということです。受託開発では、最初に開発するシステムの要件を整理して、それに基づいて開発を進めるウォーターフォール型の手法を採用することが多いでしょう。

しかし、SaaSモデルのプロダクトは最初の要件だけでなく、後から生まれる需要にも対応する必要があるので、アジャイル開発でプロジェクトを推進していくべきです。SaaSを始める際にはアジャイル開発のノウハウやプロジェクト管理能力が求められます。

SaaSにおいては、顧客は顧客であると同時に一緒に製品を改善していく共創のパートナーでもあります。SaaS事業者と顧客の関係が強固であれば、他社製品への乗り換えも少なくなりますし、要望などのフィードバックも得られやすくなります。

  • SaaSビジネスの要点

    SaaSビジネスの要点

今後のSaaSの生き残り戦略

この連載でも何度か解説しましたが、SaaS企業が売っているソフトウェアは無形資産であり財務諸表には表れないため、財務諸表を見るだけでは価値を評価しにくいのが特徴です。

ソフトウェアの開発や販売、サポートをしている従業員は、財務諸表には人件費(コスト)としてしか表れません。しかし、従業員がいるからこそソフトウェアが生まれ、商品が売れ、継続的に使ってもらえるようなカスタマーサクセスを提供できるのです。

最近は、GAFAM(Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoft)をはじめ、工場や設備などの有形資産が少ない企業の業績が好調で株価が高くなっています。人材の価値が上がっている会社が多いので、人的資本という考え方に基づいて従業員をコストではなく資本として考えるような流れがあります。国内外でガイドラインが整備されており、今後企業は人的資本を数値として提示することが求められるようになります。

SaaSビジネスは特に従業員が重要であり、人件費や教育費として投資が必要です。SaaSは人的資本のビジネスモデルであるともいえます。そうすると、企業としては従業員が長く健康的に働き続けてもらうようにウェルビーイングを実践する必要があるでしょう。ウェルビーイングとは、従業員が仕事もプライベートも充実して幸せに暮らせるようにするための取り組みです。

SaaSはビジネスを長く続けるほど、人的資本を活用した無形資産であるソフトウェアやノウハウが蓄積されて、徐々に総合力が高まっていきます。地道に顧客の声を聞き続けてサービスをアップデートし続けることで、顧客との関係も強固になります。ライフタイムバリューの高いビジネスモデルとして、顧客から愛されるとともに従業員が満足度高く働けるようにしていくことが、今後の生き残り戦略となるでしょう。

私は、これから企業経営に関わる全ての領域でSaaSの利用率が高くなっていくと考えています。その対象となる分野は幅広いので、大手企業からスタートアップまでさまざまな企業が参入してくるでしょう。バックオフィス業務に限っていえば、SaaSが普及するだけでなく、業務そのものを会社が担う必要はなくなり、アウトソーシングされる可能性もあると考えています。

さて、本連載もいったんここで一区切りです。ここまでの連載によって、少しでも皆様のSaaSビジネスの理解が深まれば幸いです。次回からは、最近SaaS業界で注目を集めているプロダクトマネージャー(PdM)の仕事について解説します。