本連載では、SaaSビジネスの成長の背景やビジネスモデル、ビジネス参入時の課題などについて取り上げます。第3回となる今回は、B to B(法人向け)のSaaSを始めるときに注意するべきポイントについて解説します。

資金が足りなくなる!事業が安定するまでの期間を把握しよう

第2回では、SaaSの特徴であるサブスクリプション型の課金モデルについて解説しました。その中で、1年分の利用料の入金が現預金として手元にあっても、サービスを利用する月にならないと売上にはならず、残りは繰延収益として負債として計上されることを紹介しました。

もう一つ、サブスクリプション型ビジネスの難しさがあります。サービス開始前に開発コストがかかり、サービス開始以降もアップデートのために開発への投資を続けていく必要がある点です。開発コストは先行投資なので、売上がその投資分を上回る損益分岐点を越えるまでは赤字が続きます。そのため、数年間は赤字の状態で続けていく体力が必要です。

例えば、受託開発として何らかのシステム開発を3000万円で受注して、3カ月間で開発したとします。開発コストに2000万円掛かったとすると、粗利は1000万円なのですぐに利益が出ます。

一方で、サブスクリプション型のビジネスは、最初に建築のためのコストが必要であり、それを長い年月をかけて賃料として回収する賃貸の不動産業に近いビジネスモデルです。SaaSも、最初に開発費用を投資して帳簿には表れないソフトウェアという無形資産を作り、その無形資産が時間をかけてお金を生むようになります。ただし、不動産業は部屋数が上限となりますが、SaaSは上限がないのでコストを回収した後の成長性が大きいです。

これからSaaSビジネスに参入するという企業は、このビジネスモデルを理解しておく必要があります。特に労働集約型ビジネスである受託から参入する企業は、すぐには黒字化できないことや、損益計算書だけでは会社の成長を判断できないことを理解する必要があります。サブスクリプションは最初に設備に投資する資本集約型のビジネスモデルであり、ビジネス開始時は少ない金額しか回収できないのでしばらく赤字が続くのです。

売って終わりではないサブスクリプション、売ったあとの活動が重要

前回、全てのビジネスは以下の計算式で表せることを紹介しました。

売り上げ=単価×数量×利用期間(購買頻度)

サブスクリプション型ビジネスでは、利用期間を伸ばすことが収益を上げることにつながります。契約した顧客が翌年以降も継続して契約するように、新規を獲得する営業とは別に、継続してもらうための活動をするカスタマーサクセスが重要です。

カスタマーサクセスとは、サービスの利用を通して顧客の事業そのものにも良い影響を与えて成長を支援する活動です。その一例が、顧客の声を聞き使いやすく改良していく活動です。

当社でも、カスタマーサクセスには製品リリース直後から力を入れてきました。当初は人材がいなかったので、開発者が直接顧客からの電話を受けて要望を聞きながら改良していくような場面もありました。次第に顧客が増えると、そのやり方では現場が回らないようになったので、カスタマーサクセス専任の担当者を置き、そこで顧客の要望を取りまとめてきちんと計画立ててアップデートしていくようになりました。

最近も、「作業手順は用意されているものの煩雑」というユーザーの声が多かった作業について、アドオンで対応する機能を用意しました。小さな機能ではありますが、作業時間を圧倒的に減らせるようになりました。カスタマーサクセス担当者は、顧客から「開発してくれた人にありがとうと伝えてほしい」と言われたそうです。既存の顧客に寄り添い、何でも伝えてもらえる関係を作ることでプロダクトを進化させられます。

反対に、SaaSにもかかわらず、新規顧客の獲得に注力して既存顧客の対応をないがしろにすると、解約が増えて成長が見込めなくなります。一度開発して売って終わりの受託開発は手離れが良く、常に次の顧客を探し続けるビジネスなので、SaaSとはビジネスの思想が違います。

オンプレミスは導入した直後が最も良い状態で年月が経つほど陳腐化していきます。しかし、サブスクリプション型のビジネスは常にアップデートしていくので、導入時よりも1年後の方がより良いプロダクトになっていなければいけないのです。

  • 常にサービスを改良し続けることが大切

    常にサービスを改良し続けることが大切

グローバル化への対応も重要

SaaSでは、プラットフォーマーが提供するサーバやネットワーク上にあるサービスを、インターネット経由で利用しています。サーバが物理的に設置されている場所や国を気にせず利用できる場合もありますが、支払先の会社によっては、消費税やそれに伴う仕入れ税額控除の処理が異なる場合があるので、注意が必要です。また、ヨーロッパのGDPR(注)の対応などが必要になる場合もあるので、どの国のシステムを利用するのかは認識しておいた方が良いでしょう。
注)2018年5月に欧州連合(EU)で施行された個人情報保護規則

もう一点検討が必要なのは、サービスを国内だけで展開するのか、もしくは海外にも展開するのかについてです。他のグローバル企業がすでに提供しているサービスと似たものを作って海外展開するのは成功が見込めませんが、グローバル企業の参入の可能性が低い、日本国内の需要にのみ対応したニッチなサービスでは市場が限られてしまいます。

せっかくのビジネスを少子高齢社会となり市場規模が縮小している日本に閉じてしまうことで、チャンスを逃しているかもしれません。コンピュータの歴史がオープン化に広がっていく流れの中では、国内に閉じるよりも世界を見据えた方が成長の可能性が大きいです。

さて、今回はSaaS企業が陥りがちな失敗について解説しました。次回はSaaSビジネスの今後について解説します。