本連載では、SaaSビジネスについて成長の背景やビジネスモデル、ビジネス参入時の課題などについて取り上げます。前回は、ソフトウェアを提供するビジネスモデルの変遷と、SaaSビジネスの特徴を振り返りました。

第2回となる本稿では、B to B(法人向け)のSaaSの市場規模を整理して、そのビジネスモデルについて考えます。

現在のSaaS市場の規模および概要

One CapitalがSaaS市場の動向や2022年の予測をまとめた「Japan SaaS Insights 2022」では、日本のSaaS市場は急拡大し、2022年度には1兆円に達する見込みとされています。急拡大の背景には、新型コロナウイルス感染症の影響によるリモートワークや働き方の変化などがあると分析されています。

同調査によれば、日本国内のエンタープライズソフトウェア市場は10.8兆円ですが、現在SaaSの普及率はその8%程度の9000億円にとどまっています。これが世界と同水準になれば2.6兆円まで伸びると予測されています。

SaaSビジネスモデルが急成長する仕組み

SaaSの多くはサブスクリプション型の課金モデルです。サブスクリプションとは継続購入を意味し、一定期間の利用に対して課金するビジネスモデルです。これまでのように、自社内にシステムを構築する場合は初期段階の設備投資が必要となり、中小零細企業にとっては初期投資の費用が原因で導入できない例が多くありました。

ところが、サブスクリプションサービスを利用する場合は初期の設備投資が不要で、アプリケーションの利用期間に応じて料金が発生しますので、比較的支払いやすい価格で利用を開始できます。そのため、SaaS型のソフトウェアは大手企業に限らず利用者の裾野が広がっています。

一方で、サブスクリプションでサービスを提供する場合、事業者は収益についての理解が必要です。ここでは例として、年間の利用料金1200万円(1カ月あたり100万)のサービスを開始して、毎月1件ずつ新規契約を獲得する場合を考えてみましょう。利用者としては、1年分の利用料を前払いしていることになります。

下図の場合、9月に1200万円の入金がありますが、売り上げとして計上できるのは1カ月分の100万円だけで、残りの1100万円は繰延収益(前受金)となり、貸借対照表上は負債として仕分けされます。

  • 9月に1件の契約を獲得した場合

    9月に1件の契約を獲得した場合

10月にも同じように別の会社と1年契約すると、同様に1200万円の入金のうち100万が売り上げ、1100万円が繰延収益です。10月の売り上げは9月に契約した会社と合わせて200万円です。

  • 10月にも1件の契約を獲得した場合

    10月にも1件の契約を獲得した場合

11月以降も同様に計算してみます。翌年の8月には年間で1億4400万円の入金があり、売り上げは7800万円、繰延収益は6600万円となります。決算として見ると、入金が確定した契約金額に対して売り上げは7800万円なので、少なく見えます。

  • 1年後の売り上げの推移

    1年後の売り上げの推移

しかし、翌年9月に最初のお客様が契約を更新すれば、同じように1200万円の入金があるので、100万円の売り上げが加わり、さらに繰延収益として計上されていた金額が売り上げに変わっていきます。

つまり、解約されなければ新規契約を獲得しなくても2年目はおよそ2倍の売り上げになるのです。このため、サブスクリプション型のサービスは安定して成長できるのです。図で表現すると、下図のように、初年度は三角形だった売り上げが2年目以降は四角形になります。

  • 2年目以降の売り上げの推移

    2年目以降の売り上げの推移

サブスクリプション型でどこに強みを持たせるか

SaaSのビジネスモデルに限らず、世の中のビジネスをシンプルにすると以下の計算式で表せます。

売り上げ=単価×数量×利用期間(購買頻度)

ビジネスを大きくするためには、この3つの要素のいずれか、または複数を増加させる必要があります。

単価を抑えて購買頻度や数量を増やす薄利多売のビジネスもあれば、単価を高くして購買頻度や数量を抑える高級商材もあります。サブスクリプションでは、最低限の機能を利用するだけの場合は無料で提供して、より多くの機能を使う場合や回数制限なく使う場合は有料にする「フリーミアムモデル」もあります。

最初に導入費用を別料金として販売し毎月の利用料を下げるモデルや、反対に、導入は無料でサポートする代わりに月々の単価を上げるモデルもあります。これをどのようなバランスで提供するのかは製品のタイプや会社の考え方によって異なりますし、事業者の思想など特色が表れます。

数量に関しては、B to Bのサービスであれば、会社単位で課金するのか、人数に応じて課金するのかによって変わります。一つの会社に一つのサービスを導入する場合なら、会社数が多い中小企業をターゲットに、単価を抑えて販売することもあるでしょう。反対に、人数に応じて課金する製品なら、社員数が多い大企業をターゲットにするなど、営業やマーケティング戦略が異なります。

このように、単価や数量はサービスを提供する側がある程度コントロールできますが、一番難しいのは購買頻度や利用期間です。日用品のお気に入りがあっても、同じカテゴリの新商品が安く売っていたらそっちに乗り換えてしまった体験は誰にでもあるでしょう。

SaaSの場合は、利用期間が特に重要です。長く使い続けてもらう施策を戦略的に行う必要があります。なお、B to Bサービスの場合は、一度導入するとチェンジコストがかかります。費用だけに限らず、初期設定や導入までの準備、従業員の教育、利用の徹底などにコストがかかるので、毎年利用するサービスを変更するような例はあまり多くありません。

しかし、数年単位では見直しが行われるので、利用者の満足度が低く他のサービスの方が魅力的であれば乗り換えは起こります。解約率をチャーンレートと呼びますが、このチャーンレートをいかに下げるかがSaaSビジネスにおいては重要です。

そこで、次回はチャーンレートを下げるための施策も含めて、SaaS型ビジネスが陥りやすい課題と対策について解説します。