本連載ではこれまで、SaaSビジネス全般と、最近特にSaaS業界で注目を集めているプロダクトマネージャーの仕事について解説してきました。本稿は、セールスイネーブルメントについてチームスピリットでの取り組みを踏まえながら解説してきた記事の3回目です。
セールスイネーブルメントとは、営業社員のスキルを底上げし目標を達成し続けるための育成の仕組みであり、強い営業組織を作るために必要な考え方です。今回は、当社(チームスピリット)でのセールスイネーブルメントの取り組みについて、具体的な運用方法についてお伝えします。
セールスイネーブルメントのための人材選び
本連載の第8回で、セールスイネーブルメントを運用するのは人事部ではなく営業部であるべきだとお伝えしました。セールスイネーブルメントは営業組織全体のパフォーマンスを上げるための取り組みなので、外部から採用するのではなく、元々営業として高いパフォーマンスを出している人材を最初の一人としてアサインするのが適切だと感じています。
セールスイネーブルメントの立ち上げがうまくいかない例を見てみると、社内との信頼関係や営業経験がない人を最初のリーダーにしてしまっていることがあります。当社の場合は、トップセールスだった社員がセールスイネーブルメントを担当し、コンテンツ制作、コーチング、フィードバックを担当しています。
少々個人的な話にはなりますが、今当社でリーダーをしている社員は、当初は育休明けでした。外勤に戻るのは自分で時間をコントロールしにくいフィールドセールスは体力的にも時間的にも厳しいため、カスタマーサポートなど内勤の仕事にキャリアチェンジしたいという相談が本人からありました。一方で、営業が好きだから、営業の仕事から離れたくないという気持ちもあったようです。
偶然でしたが、当時はちょうど社内でセールスイネーブルメント部門の立ち上げを考え始めたタイミングだったこともあり、彼女が適任者だと感じたのでその立ち上げを打診しました。なぜならば、トップセールスだったという実績が良質なコンテンツを生みますし、何より外から来た私なんかより説得力があります。そして、現在活躍している営業部員の多くが彼女のことをトップセールスだと認識しており、周囲から信頼・尊敬されている存在です。
まだ時短勤務という時間の制限がある中で、約3カ月間のオンボーディングプランを急ピッチで進めることになりましたが、多くの社員が彼女のために協力して、資料やデータをそろえてくれたのです。モチベーションも高く、品質の高いコンテンツを用意していますし、コーチングやフィードバックにおいても的確で、過去の実績やスキルを存分に生かせています。
社員のライフステージの変化によってこれまでの働き方が難しくなり、キャリアの断念やキャリアチェンジを迫られる場面も多いですが、今回の場合は、偶然が重なった人材配置ではありながら、本人の希望に合わせたポジションが用意でき、しかもすぐに効果を発揮できました。幸運でした。
営業とマーケティングの連携
B to Bの営業を成功させるためには、営業とマーケティングの連携が必須です。当社の場合は、「セールス&マーケティングディビジョン」という一つの組織に編成し直しました。組織を統一して気づいたことは、営業とマーケティングでターゲットとする顧客像が異なるということでした。さらに、営業の中でもトップ営業とそれ以外の営業では顧客像が異なっていることが分かりました。ですので、まずはそこを統一して意識を合わせていく必要があると考え、ペルソナを策定しました。
ペルソナは必ずしも一人に絞る必要はないと思います。業界や企業規模、部門によってペルソナは異なるので、必要なペルソナを整理して策定していくことになります。当社ではまず第一弾をまとめましたが、今後も追加していく予定です。策定にあたっては、トップ営業からヒアリングした現場のお客様の課題やペインを徹底的に理解しました。その上で、他社にはない自社だけのバリュープロポジションを明確化して、全員に共有しました。そのペルソナを中心に施策に落とし込んでいます。
以前はここの整理が曖昧だったため、マーケティング部門が収集したリードが営業部門では役に立たないという「あるある」の課題があり、マーケティングと営業に断絶がありました。特に課題だったのは、マーケティングは集客しやすい課題認知のテーマのコンテンツに力を入れていましたが、課題認識後にサービスの選定・評価をしている人向けのコンテンツが不足していたことです。そこで、そのフェーズに合わせたコンテンツを拡充しました。
当社ではMAを導入しているので、データからお客様のフェーズを把握した上で、最適なコンテンツを提供するような仕組みを用意しました。それと同時に、インサイドセールスでも、お客様の温度感(参考に話を聞きたいだけなのか、デモをしてほしいなのか、など)を明確にヒアリングしてからアポを取り、営業にパスするようにしました。この流れを今後さらに強化していく予定です。
こうした営業組織体制そのものの見直しも、セールスイネーブルメントの効果を最大化するための要件です。
セールスイネーブルメントを既存社員にも拡大するには
セールスイネーブルメントは新人育成では比較的スムーズに進みますが、ミドル・ローパフォーマンスの人材の育成はまた違うものだと感じています。その理由の一つと考えられるのが、セールスイネーブルメントが考えている営業への課題感と、現場のセールスマネージャーの課題の不一致です。既存の営業メンバーは、現場で一緒に動くセールスマネージャーのほうが距離が近いこともあり、両者の伝えることが違えば、セールスマネージャー側の方針を優先します。
ですから、方針策定やコンテンツ設計時にはセールスマネージャーと方針を一致させることがとても重要になります。チームの営業メンバーの課題を個別に聞き出して、どういうタイムラインでどういうコンテンツを提供すべきかをチーム単位に分けて考える必要があります。
当社の場合はまだ小数規模なので、私が直接、営業がお客様にどういう価値提供ができる人間になってほしいのかというところから落とし込み、それを実現するためのスキルを検討し教育のタイムラインも定めました。
当社の「TeamSpirit」という製品のターゲットとなるお客様は、人事労務の担当者が中心です。そこで、TeamSpiritという製品を売るプロになるのではなく、人事労務担当者の課題を発見し、コンサルティングでき、人として信頼される営業を目指すことにしました。その上で、ツールはあくまで手段として、それを使ってどういう情報を提供し、業務を変えられるのか、そこでどんな価値が生まれるのかを定義しました。営業の現場とセールスイネーブルメントでしっかり方針を確認し同じ方向を向くことは、セールスイネーブルメントの成否を左右します。
新しい仕組みは社員のモチベーションにどう影響するのか
営業体制を刷新してセールスイネーブルメントの仕組みを取り入れることは、組織にとって大きな変化です。中には、この変化についていけずにモチベーションが下がってしまう社員もいるかもしれません。
そこで重要なのは、「なぜ自分が今の仕事をしているのか」を理解するための、目標やビジョンがあるかどうかです。その目標を達成するために、日々どういう意識で仕事をして、目指すべき目標に対してどういうステップで進むべきかを導き出すことが重要です。
目標については、具体的な数字もそうですが、その人のキャリアプランも含めて考えるべきでしょう。本人のキャリアプランが明確であればいいのですが、そうでない場合の方が圧倒的に多いです。「あなたはどうなりたいですか?」と聞くだけでは答えは出てきません。1 on 1などを通じて、社員のありたい姿を上司が導いて一緒に作ることがまずは重要です。
加えて、営業組織に求める人材像をリーダーが明確に描いて、アウトプットとして共有する必要もあります。もし、それに対して「共感できない」という場合には、それを強制することは会社と本人の双方にとって幸せな結果にはなりません。よく話し合った上で、次のキャリアに進ませることも大事な決断です。
こうした組織の大きな変化は、いきなり実行するとネガティブに受け止められます。経営陣は、目指すべきビジョンと営業組織のゴールを丁寧に社員に説明し、さらにパーソナルゴールについても本音で話し合えるような関係を作ることが重要です。
さて、3回にわたってセールスイネーブルメントについて、当社の進め方を踏まえながら解説しました。当社でも開始して間もない取り組みなので、現在も整備している最中です。会社ごとに目指すビジョンやゴールが異なるように、どういった営業人材になってほしいかも会社によって異なりますが、強い営業組織を作るための取り組みを続けていきたいと思います。