筆者は2011年に働き方改革プラットフォーム「TeamSpirit」を開発して、SaaSビジネスに参入しました。この連載では、SaaSビジネスについて成長の背景やビジネスモデル、ビジネス参入時の課題などについて、SaaSビジネスの中で得られた知見をもとに解説します。

初回となる今回は、SaaSビジネスが生まれた背景をひも解き、その急成長の理由について考えます。

SaaSの歴史をひも解く

SaaSとは「Software as a Service(サービスとしてのソフトウェア)」の略です。ソフトウェアを提供する形態の一つで、クラウドプラットフォーム上にあるソフトウェアをインターネット経由で利用者が使います。

B to C(個人向け)のサービスとしてはNetflix、Spotify、Amazon Music、Dropboxなどがその代表例です。B to B(法人向け)のサービスはSalesforce、Google、Microsoftなどが例として挙げられます。

ここで、1960年代以降にコンピュータがビジネスで利用されるようになってから現在までのソフトウェアのあり方を振り返ってみましょう。まずは、1980年代までのメインフレーム最盛期の時代です。この時代は、基幹情報システムの大型コンピュータと利用者の端末をダイレクトにケーブルで接続して利用していました。

ところが1990年代になると、オープンシステムの時代になります。この時代は、社内に敷設されたLANを通じて、サーバとクライアント端末が双方向に通信してサービスを利用します。サーバにパッケージソフトウェア、あるいは独自開発したソフトウェアをインストールして利用するオンプレミス型のシステムでした。

1995年にWindows 95が登場するとインターネットの商業利用が可能となり、パソコンの利用が一気に普及したことも伴って、誰でもブラウザ経由でWebサーバにアクセスできるようになりました。インターネットが民主化された時代ともいえるでしょう。ビジネスの世界でも、Webサーバを使ってビジネスアプリを開発できるようになりました。

2000年代に入ると、Web3層構成という技術を使ったサービスが急増します。Web3層とは、データベース層、アプリケーション層、プレゼンテーション層という3層に分けてシステムを構成する技術です。

プレゼンテーション層はユーザーがブラウザでアクセスしてインタフェースを提供するWebサーバの層、アプリケーション層はプレゼンテーション層の操作をインプットとしてアプリケーションの処理を行う層、データベース層はアプリケーション層のデータの保存や削除などを行う層です。この時代はWebの技術を使ってはいたものの、ローカルなネットワーク経由で自社のサーバ資源にアクセスする、オンプレミス型のシステム形態が主流でした。

2010年ごろになると高速ネットワーク回線が普及し、ストレスなくインターネット上のWebサーバにアクセスできるようになりました。そのため、インターネット経由でパブリックなサーバ資源にアクセスしてシステムを利用する、SaaSの時代が到来したのです。

  • SaaSビジネスとコンピュータの歴史

    SaaSビジネスとコンピュータの歴史

ソフトウェア提供事業者の変化を振り返る

ここまで、コンピュータの歴史と共にソフトウェアのあり方を振り返りましたが、インフラやソフトウェアの所有方式、および提供形式も時代に応じて変わっています。

メインフレームの時代からオープンシステムの時代は、サーバもソフトウェアも、利用する企業が資産として所有するオンプレミス型でした。オンプレミス型はシステムの構築に費用がかかる上、運用や保守の費用も高額であり、システム更新にも多額の費用が必要でした。大企業であれば膨大な投資が可能ですが、中小零細企業ではコストに見合わないという課題がありました。

ところが、2000年台になるとASP(アプリケーション サービス プロバイダー)と呼ばれる方式が登場します。ASPはアプリケーションを提供する企業がWebサーバやアプリケーションやデータベースを所有し、ASPと契約することでインターネット経由で利用できるというモデルです。

複数のサーバをあたかも1台のサーバのようにCPUを仮想化する技術が発展したことで、大量の処理が行えるようになり、さらにそのサーバの中を契約者ごとに分けて使えるようになったので、契約者はそれを専用サーバのように利用できました。しかし、アプリケーションの提供業者(プロパイダー)は自前でインフラ設備を整え、データセンターを用意する必要があったので、投資が不可欠でした。

2000年代後半になると、Google、Microsoft、Amazon Web Servicesなどが、インフラ部分をプラットフォームとしてアプリケーション開発企業に提供するようになります。これはIaaS(Infrastructure as a Service)と呼ばれます。アプリケーションの提供業者は、インフラ設備はプラットフォーマーに任せ、アプリケーションの開発に注力できるようになります。こうして生まれたサービス形式がSaaSです。

このように振り返ってみると、時代とともに技術が進化してソフトウェア資産の保有者が変わってきたことが分かります。SaaSモデルでは、サービス提供事業者はインフラ部分の保守管理をせずにサービスを提供できます。そのため提供価格を押さえられ、中小零細企業でもソフトウェアを利用できるようになりました。この変化はソフトウェアの民主化と呼ばれることもあります。

SaaSビジネスの2つの特徴

ここからは、SaaSビジネスの特徴である「シングルソース」と「マルチテナント」についてお伝えします。SaaSビジネスが成長している要因を考える際のヒントにもなるでしょう。

シングルソースとは、複数の企業が利用するソフトウェアのソースが一つであることを意味します。オープンシステムの時代はシステム利用者がIT資産を保有しローカルなネットワークで利用していたため、パッケージソフトウェアを使う場合もそれぞれの導入企業に合わせてカスタマイズしていました。そのため、ソースコードが複雑化し、運用保守コストも膨大でした。

SaaSの時代では、IT資産はアプリケーションの提供業者が保有し、インターネットを経由して多くの利用者がシステムを使うことが前提となっているので、シングルソースが基本的な考え方です。シングルソースでは、システム上に何かをアップデートすれば全ての企業のソフトウェアもアップデートされるので、管理が非常にシンプルです。

マルチテナントとは、ソフトウェアを複数の企業が使うことを指します。テナントの概念をイメージすると、ハードウェアの中に部屋があって、その部屋を各利用企業が使っているというような様子です。プラットフォーマーはサーバの仮想化によってマルチテナントを実現しています。もちろん、隣の領域を使っている会社のデータが見えないよう、セキュリティを施しています。

プラットフォーマーの課金方式は、使った分だけ払う従量課金型、もしくは、アプリケーションの提供事業者の売上の一定割合を支払うレベニューシェア型が主流です。アプリケーションの提供業者の課金方式としては、利用期間による課金(サブスクリプション)や、使った量による従量課金型があります。いずれにしても、継続的な課金が期待できるので長期的な収益を目指せるのです。