彗星に着陸せよ

彗星に着陸するために、フィラエには様々な「秘密兵器」が搭載されている。

チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星は小さな天体で、重力が小さいため、単に表面に向けて落としただけでは、弾んで再び宇宙空間に飛んでいってしまう。そこで、フィラエの3本の脚の先にはアイス・スクリュー(ドリルのような固定具)が装備されており、また機体の下部には銛も装備されている。さらに機体の上部には、彗星表面に向かって機体を押さえつけるように噴射する小さなスラスターも付いている。

フィラエはまず、脚の1本が彗星表面に触れた瞬間に、その先のドリルを地面に潜り込ませる。その直後にスラスターを噴射して機体が浮き上がらないようにし、さらにすかさず銛を撃ち込んで、機体を彗星に固定させる。その姿はさながら、モビィ・ディックに喰らい付くピークォド号のようだ。

ロゼッタから分離されたフィラエ(想像図) (C)ESA

フィラエの着陸方法。脚を固定しつつスラスターを噴射し、そして銛を発射する (C)ESA/ATG medialab

2014年11月12日、フィラエが着陸に挑む日がやってきた。

しかし、ロゼッタからの分離の直前に行われた確認で、このうちのスラスターが機能していないことが判明した。噴射するガスはタンクに入っており、ロゼッタから分離される前に2本の針と、予備としてさらに2本の針の、計4本の針を使って、ワックスで作られた気密を突き破ることになっていた。しかし4本すべての針を発射したものの、圧力センサーに変化が見られなかったことから、窒素はタンクに入ったままで、噴射できない状態にあると考えられた。

このスラスターを使わない状態でも無事に着陸できるのかは、関係者ですら分からなかった。ロゼッタから分離する予定時刻が迫るなか、フィラエの運用チームは、着陸を敢行するかどうかの決断を迫られた。だが、仮に着陸を延期したとしても、今後スラスターが使えるようになる見通しはなく、また彗星は徐々に太陽に近付いていることから、彗星からのガス噴射などが活発化する可能性もあり、着陸条件は悪くなる一方だった。

運用チームは2014年11月12日16時35分(日本時間、以下同)、フィラエの分離を実施することを決定した。そしてその1時間後の17時35分、ロゼッタはフィラエを分離した。

その信号が届き、地球がその確認を取ることができたのは、約30分後の18時3分のことだった。この時点で、地球とチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星の距離は約5億kmも離れている。一方、電波が飛ぶスピードは1秒間に約30万kmであるため、通信のやり取りには片道で30分ほど掛かってしまうのだ。

ロゼッタから切り離されたフィラエは、ゆっくりとした速度で彗星に向けて降りていった。このときの様子を、ロゼッタに搭載されているカメラが撮影しており、そこには少しずつ回転しながら遠ざかっていくフィラエの姿がしっかりと写っていた。

ロゼッタに搭載されたカメラが撮影した、離れていくフィラエ (C)ESA

フィラエ、彗星に立つ

ロゼッタからの分離後、フィラエは約7時間をかけて、彗星に向けて降下した。そして11月13日0時33分に彗星表面に到達した。

その約30分後、到着したことを示す信号が地球に届いた。管制室では喝采が起き、その様子はインターネットの生中継を通じて世界中に配信された。TwitterやFacebookなどのSNSも、祝福のコメントでにぎわった。

しかし、その後データを詳しく分析したところ、フィラエを彗星表面に固定するために打ち込まれるはずの銛が発射されておらず、さらにフィラエは動いているようだ、ということを示していた。

のちに判明したことだが、フィラエは0時33分に確かに彗星に着陸していた。しかし、やはり固定はされず、着陸の反動で跳ね上がり、約1kmほど上昇して下降、2時26分にふたたび着陸した。そしてさらにまた跳ね上がり、2時33分にようやく落ち着いたのだった。スラスターはやはり噴射されず、銛も、作動させるための火薬が不発だったのか、発射されなかった。

最終的に降り立った場所は、起伏の多い岩場であった。フィラエの3本の脚はすべて接地してはいたものの、機体は大きく傾き、脚の1本は宇宙空間を指しているような姿勢だった。また影が多く、太陽からの光が当たりづらいため、太陽電池による発電が十分にできず、バッテリーの容量は徐々に減っていった。

フィラエから彗星に到達したことを示す信号が届き、喜びに湧く管制室 (C)ESA/J.Mai

人類が初めて目にする彗星表面の風景 (C)ESA

それでもフィラエは探査を開始した。まずはカメラなどの、機械的な動きを必要としない観測機器が立ち上げられ、そしてデータが得られ始めた。続いて、地中に観測機器を、杭のように打ち込む「MUPUS」や、ドリルで掘る「SD2」といった、機械的な動きのある観測機器が立ち上げられた。フィラエが彗星に固定されていない状態でこれらの機器を動かすと、機体がひっくり返ってしまう可能性があったため、後回しにされたのだ。

まずMUPUSは問題なく動き、データを送ってきた。杭は数mmしか打ち込まれなかったが、これは彗星の表面が、想定より硬かったためで、その発見自体がひとつの大きな成果だ。

一方SD2は、ドリルが起動したことは確認されたものの、実際に地中を掘ることができたのか、またそのサンプルを分析装置に送ることまでできたのか、といったことは、11月20日の段階では確認が取られていない。

これらの観測機器から得られたデータは地球へと送られ、科学者らが予定していた初期観測のすべてを完了した。その後、探査機内のフライホイールを回転させ、その反動で、より太陽光が当たりやすい場所へ移動させることも試みられた。その結果、機体は約4cm持ち上がり、35度ほど回転もした。しかし探査を続けるには不十分であった。

姿勢を変えた直後から、バッテリーの電力は急減し、機器はシャットダウンを始めた。そして11月15日の9時36分に、フィラエとの通信が切れた。フィラエは休眠したのだ。

フィラエの57時間にも及ぶ冒険は、ここにひとつの区切りを迎えた。だが、まだ終わったわけではない。今後、チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星は徐々に太陽へ近付いていく。つまりフィラエに当たる太陽光の量も多くなるため、充電がしやすくなり、ふたたび目を覚ます可能性もある。ロゼッタは、彗星の探査をし続けながら、フィラエからの信号も待ち続けることになる。

また、休眠の直前までに送られた、観測機器からのデータの分析もこれからが本番となる。ロゼッタとフィラエの冒険にクライマックスが訪れるのは、まだまだ先のことだ。

ロゼッタが撮影した、着陸したフィラエ。やや不鮮明だが、フィラエとその影、また舞い上がったダストが写っている (C)ESA

ロゼッタの管制室。彗星探査の日々はこれからも続く (C)ESA

It's continuing mission, to explore strange new worlds...

フィラエが眠りに就き、ロゼッタが相変わらずの活躍を続けるチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星から、約5億km離れた地球に目を戻そう。

鹿児島県の種子島にある種子島宇宙センターでは現在、「はやぶさ2」の打ち上げに向けた準備が進んでいる。「はやぶさ2」が目指す小惑星は、彗星と同じく「太陽系の化石」と呼ばれている。また「はやぶさ2」には、「MASCOT」と呼ばれる小さな着陸機が搭載されている。このMASCOTはフィラエと同じ、ドイツ航空宇宙センター(DLR)を中心に開発されたもので、フィラエにかかわっている人の多くが、MASCOTの開発や運用にも参加しているという。大きさこそフィラエより小さく、両手で抱えられるほどだが、MASCOTもまた、フィラエのような勇躍を見せてくれることだろう。

はやぶさ2 (C)JAXA

MASCOT (C)DLR

また、米国では小惑星探査機「オサイリス・レックス」の開発が進んでおり、中国やロシアも2020年代に小惑星探査を実施する構想を持っている。さらに水星や金星、火星でも多くの探査機が活躍しており、木星や冥王星へ向けて飛行中の探査機もある。そして今後も多くの探査機が宇宙に送られ、未知の世界を探索し続けることだろう。

その歩みを止めさえしなければ、いつか私たちは、宇宙がどのように創られ、この地球で生命がどのように生まれたのかを理解できる日が来るかもしれない。そして、この宇宙には地球の他にも、生命に満ちあふれた天体があるのかを、知ることができる日も来るかもしれない。

ロボットは夢を見るか、という問い掛けは、SF小説のタイトルにもなるほどの古典的なテーマだが、もしフィラエが今、夢を見ているとしたならば、きっとそれは、そんな夢ではないだろうか。

参考

・http://www.esa.int/Our_Activities/Space_Science/Rosetta/
Farewell_J_hello_Agilkia
・http://www.esa.int/Our_Activities/Space_Science/Rosetta/
Rosetta_and_Philae_separation_confirmed
・http://www.esa.int/Our_Activities/Space_Science/Rosetta/Touchdown!_Rosetta_s_Philae_probe_lands_on_comet
・http://www.esa.int/Our_Activities/Space_Science/Rosetta/
Three_touchdowns_for_Rosetta_s_lander
・http://www.esa.int/Our_Activities/Space_Science/Rosetta/
Pioneering_Philae_completes_main_mission_before_hibernation