超小型の人工衛星を、超小型のロケットで打ち上げる――。そんな動きが今、世界中で活発になっている。これまで超小型衛星は、ロケットの大きさや価格などの問題で、好きなときに好きな軌道へ、自由に打ち上げることができなかった。しかし今、ふたたび盛り上がりつつある小型衛星ブームを背景に、そうした小型・超小型衛星を打ち上げることに特化した超小型ロケットの開発が世界中で進んでいる。
第1回では小型・超小型衛星の打ち上げを取り巻く問題について紹介した。今回は、その問題の解決のため世界中で開発が超小型ロケットの中で、最も実現に近いロケット・ラボという会社の「エレクトロン」ロケットについて紹介したい。
超小型ロケットが可能になった背景
小型・超小型衛星を打ち上げることに特化した、超小型ロケットが造れるようになった背景には、いくつかの理由がある。
たとえば、超小型衛星が生まれたのと同じように、電子機器などが小さく高性能に、そして安価になったことや、ロケットを造るための技術が、特許切れや指南書の発売などでコモディティ化しつつあること。また炭素繊維複合材のような軽くて丈夫な材料が手に入りやすくなったこと、併せて工作機械の性能も上がり、炭素繊維複合材のような材料でも加工しやすくなったこと、さらには3Dプリンタという新しい技術もできたことなど、安価な超小型ロケットの開発に必要な、あるいは造りやすくするために必要な要素が次々と出揃ったことがある。
そこへ、小型・超小型衛星の打ち上げ需要がこれまでよりさらに大きく伸びることへの期待も加わった。
小さなロケットを造ろうという動きは、もう何年も前からNASAや大企業をはじめ、個人でロケット製作を趣味にしている人まで、いくつも起こってはいた。しかし技術的な困難はもちろん、これまでは小型・超小型衛星の需要が思ったほど伸びなかったことなどから、完成し、商業打ち上げにまで至ったものはない。だが、いくつかの技術的な障壁が取り除かれ、そしてふたたびの小型・超小型衛星ブームを迎えつつある今、徐々に盛り上がりの兆しを見せている。
その動きは米国をはじめ、欧州やロシア、そして日本でも起こっており、さらに、それなりに大きな企業からボランティア・ベースの団体まで、さまざまな人々が超小型ロケット開発に挑んでいる。
その開発競争の中で、現在トップを走っているのは、米国を本拠地とするロケット・ラボ、ヴァージン・ギャラクティック、ファイアフライ・スペース・システムズの3つの企業である。
ロケット・ラボの「エレクトロン」ロケット
ロケット・ラボは2006年に設立された企業で、従業員数は100人ほど。同社の本拠地は米国ロサンゼルスにあるため、いちおうは米国企業だが、もともとはニュー・ジーランドで設立された企業である。
同社はまず、「アテア1」(アテアはマオリ語で「宇宙」)という小型の観測ロケットを開発し、2009年に打ち上げに成功している。性能的には高度120kmの、宇宙空間と呼べる高さにまで到達したとされるが、ロケットからの信号発信やレーダーによる追跡は行われなかったため、正確な到達高度は不明である。とはいえ、同社にとって大きな一歩になったことは間違いなかった。
その後、同社は低コストな超小型ロケットの開発に臨んだ。そして、現在完成しつつあるのが「エレクトロン」というロケットである。
エレクトロンは全長17m、直径1.2mのロケットで、高度500kmの太陽同期軌道(地球観測衛星などがよく打ち上げられる軌道)に、約150kgの打ち上げ能力をもつ。150kgであれば、数kgの超小型衛星であれば放出機構を含めて数十機、小型衛星であれば1機か2機を同時打ち上げできる。
たとえば日本の小型ロケット「イプシロン」は、ほぼ同じ高度500kmの太陽同期軌道に590kg、スペースXがかつて運用していた「ファルコン1」でも430kgの打ち上げ能力だったので、その小ささが際立っている。もちろんこれはエレクトロンの性能が劣っている、ということではなく、ターゲットにしている衛星の違い、つまりエレクトロンは、より小さな衛星を打ち上げるために、従来「小型ロケット」と呼ばれていたものよりもさらに小さなロケットとして造られている、ということである。
打ち上げコストは、以前までは約490万米ドル(現在の為替レートで約5.57億円)と公表されていたが、現在は非公表であり、詳細は不明である。
打ち上げ場所は、まずニュー・ジーランドの北島にあるマヒア半島が選ばれ、すでに発射施設も完成している。このほか、アラスカや米国フロリダ州のケイプ・カナヴェラルも候補に入っているという。
世界初、電動ポンプで動くロケット・エンジン
エレクトロンの最大の特徴は、「ラザフォード」と名付けられたロケット・エンジンにある。
多くのロケット・エンジンは、推進剤をタンクからエンジンへ送り込むために、強力なポンプを持っている。多くのエンジンでは、そのポンプの動力源として、推進剤のすべて、あるいは一部を、燃やしたり、熱で気化させたりして、そのガスでタービンを回すという仕組みを用いている。
しかしラザフォード・エンジンは、電池でモーターを回し、それでポンプを動かすという仕組みを採用している。
電動にすることの利点は、製造やエンジン制御のしやすさにある。従来のエンジンでは、推進剤そのものを使ってポンプを動かすため、高温・高圧に耐えなければならなかったり、制御するのが難しいが、電動ポンプであれば、もちろん別の難しさは生じるものの、基本的には簡素になり、造りやすく、コスト低減も期待できる。制御もモーターの回転数を変えるだけで良い。
ただ、もちろん欠点もあり、推進剤を利用してポンプを動かす従来のエンジンと異なり、電池が必要になるので、そのぶん重くなる。
このような仕組みのエンジンはこれまでに実用化されたことはなく、世界初の試みである。しかしロケット・ラボは開発に成功し、予定の性能が出せることを実証している。エレクトロンは第1段にラザフォードを9基、第2段には高空用に最適化した仕様のラザフォードを1基装備するが、実際にロケットに組み込んだ状態での燃焼試験もすでに完了している。
早ければ2017年前半にも打ち上げ
エレクトロンの特徴はそれだけでない。たとえばラザフォードの製造には3Dプリンタが多用されており、複雑な部品の製造を可能にしたり、量産を効率良くできるようにしたりされている。さらにロケットの構造やタンクなど、全体的に炭素繊維複合材料がふんだんに使われており、徹底的な軽量化が図られている。
これまで、低コストを謳って研究・開発された小型ロケットは、既存の部品を利用したり、使い古された技術を寄せ集めたりといったものが多かった。性能よりも入手性や造りやすさを重視し、それによって低コスト化を達成しよう、という考え方である。
しかしロケット・ラボは、技術開発に積極的に挑戦し、まったく新しい、新世代のロケットを造り上げようとしている。電動ポンプを使うエンジンは決して楽な開発ではなかっただろうし、炭素繊維複合材料のタンク、とりわけ極低温の液体酸素に耐えるタンクの開発は大変だったはずである。3Dプリンターの導入や部品の製造も、最初は一筋縄ではいかなかったろう。
すでに大きな試験などを終えたエレクトロンは、今年(2017年)の前半の初打ち上げに向け、準備が進んでいる。初打ち上げによる飛行試験が済めば、続いて実運用に入り、さらに2017年末までには月への飛行も計画されている(もっとも、話半分に聞いておくべきであろう)。
エレクトロンの第2段機体。炭素繊維ならではの黒光りしたボディが印象的である (C) Rocket Lab |
エレクトロン、ラザフォードは、2016年12月に領収試験を完了している (C) Rocket Lab |
(続く)
【参考】
・Electron - satellite launch vehicle | Rocket Lab
https://www.rocketlabusa.com/electron/
・Rocket Lab Completes Major Technical Milestone Ahead of Test Launches | Rocket Lab
https://rocketlabusa.com/latest/rocket-lab-completes-final-major-technical-milestone-before-first-test-launches/
・Rocket Lab Launch Complex 1 Complete | Rocket Lab
https://rocketlabusa.com/latest/rocket-lab-launch-complex-1-ready-for-launches/
・Rocket Lab Unveils Battery-Powered Turbomachinery | Space content from Aviation Week
http://aviationweek.com/space/rocket-lab-unveils-battery-powered-turbomachinery
・Electron - Rockets
http://spaceflight101.com/spacerockets/electron/