これまで5回にわたり連載してきましたが今回が最終回となります。本稿は幻滅期と言われ、また期待していたほど効果を実現できていないと言われるRPAの現状からどう脱却するのか、という観点でさまざまな角度から解説してきました。
業務を個別の作業ではなくプロセス全体として見直すことや、競争優位・ビジネス価値創造に立脚したゴール設定、プロジェクト戦略の重要性について。また、プロジェクトの効果を最大化するために必要な導入方法論。そして、開発、運用保守の効率を高める仕組み、安全・安定稼働のため機能、そして迅速に最新技術を業務に取り入れるためのアーキテクチャなど技術の話もしました。幻滅からの脱却を図るために必要なポイントを一通り解説してきましたので、今回はRPAのこれからについて考えてみたいと思います。
デジタルワーカーの適用領域の広がり、経営資源としての位置付け、サービス化
1つ目は、今後RPAの適用範囲や役割に広がりが出てくるということです。これまで解説してきたようにRPAは競争優位や価値創造を実現するためのビジネス・プラットフォームとして機能させることが重要ですが、その適用範囲や目指す効果に広がりが出てくると考えています。
単なる既存オペレーションの自動化や従業員個人のデスクトップで稼働する効果が限定的な自動化から脱却し、顧客満足度向上やプロセスイノベーションといった顧客や組織全体に大きな価値をもたらしている事例を解説しました。
ビジネスや組織全体に大きな価値をもたらす活用事例が増え始めており、さらにに多様な適用例が増えていくと感じています。例えば、今回の新型コロナウイルス感染症対応では、RPAが柔軟で安定した事業継続に寄与したことや、非接触での業務を実現したことは非対面や非接触での顧客対応、業務体制、そのための新しいビジネスモデルを強化するための示唆を与えてくれます。
また、従業員が働く上での安心・安全の確保に加え、柔軟な働き方の実現にも繋がっていくことも分かりました。翻ってこれらを企業や組織から見ると、新たな環境、生活様式における収益モデルを開発することや優秀な人材確保につながっていくわけです。以前はホワイトカラーの定型業務だけにRPAを適用するようなイメージがあったと思いますが、今は全く違います。あらゆる業務領域でより大きな価値と効果を生み出すテクノロジーになっています。
2つ目は、RPAと連携するAIをはじめとした関連技術を搭載したデジタルワーカーが重要な経営資源として扱われるようになるということです。プロセスマイニング、非定形データの理解や画像認識、機械学習、チャットボット、自然言語処理など、さまざまな分野のテクノロジーは大きく進化しながらRPA 基盤と連携し、業務プロセスの中に組み込まれていきます。
そして、業務プロセスを実行するデジタルワーカーは、これらの技術を駆使した高度な知識やスキルを持った経営資源、デジタルタレントとして多様な領域で活用されるようになります。デジタルワーカー・タレントが自律的に業務を学習したり、業務プロセスを分析したり、業務上の判断を行うようになり、さらなる高度な自動化ができるようになっていくでしょう。
すでに特定の業務領域やオペレーションに特化したデジタルワーカー・タレントが出てきており、本社機能の多くは、データセンター中のデジタルワーカーによって運用される時代もすぐそこに来ているかもしれません。
3つ目は、これらデジタルワーカー・タレントがサービスとして提供されるようになるということです。1つ目の点で、RPAの適用領域が広がることについて触れましたが、RPAおよびデジタルワーカー・タレントが迅速かつ多くのシーンで利用できるようになっていくと考えられます。
すでに、RPA基盤をサービスとして提供しているものは多数ありますが、RPAに加え、AIなど関連技術もすぐに活用できるように構成されたクラウドサービスも今後増えてくるでしょう。さらに、さまざまな業種に共通する業務プロセスやオペレーションは標準化、テンプレート化され、業務プロセスの実行そのものをサービスとして提供するもの形態も出てくるでしょう。
こういったサービスとしての利用形態が促進されていく背景には、競争環境の急激な変化に対応するために迅速な業務の自動化や柔軟な業務改革を行う必要があることに加え、RPAと併せて活用するAIなどの最新技術の細分化、高度化がさらに進み、企業が独自に最適な組み合わせや統合を実施する技術力、期間をとることが次第に難しくなってきていることがあります。
そのため、最初からRPAと最新技術との組み合わせサービスへのニーズは高まっていくと考えています。導入する立場として重要なのは、最新技術は専門家に任せつつも、そのトレンドを把握し、そもそもの導入目的である業務改革、デジタル変革にどのように活用できるのか、というスタンスでサービスを精査していくことです。
まとめ
日本はOECD加盟国の中で生産性が低いと指摘されており、さらには人口減少が急速に進み、経済力や生活の豊かさの低下が懸念されていることはご存じの通りです。毎日のように労働生産性についての議論が行われているものの、長年にわたり大きな改善は見られません。
賃金水準も20年以上ほとんど変わっていません。相対的に貧しくなっている感覚をお持ちの方も多いと思います。これは産業構造、政策、商習慣、文化とも絡み合った複雑な課題であり、また成果ではなく労働時間で報酬を計算してきた組織では生産性という概念を持つことが難しいのかもしれません。多くの組織のリーダーは、この山積みの課題にどこから何に手を付けようか思案されていると思います。
それでもなお、各組織の生産性向上がない限りは多くの社会経済上の課題は解決しません。そこで、改めて思うのは多くの企業で利用されているRPAが幻滅から脱却し、より高度な自動化を実現することが、課題解決の1つの糸口になるのではないか、ということです。
同時にRPA、デジタルワーカー・タレントの活用レベルが高度化するに従い、従業員の方が考えるべきこと、役割が変わっていくと思います。どこの領域にどのようにこれらの技術を適用するのかを、皆さまに考えていただくことが重要であり、この定義は従業員にしかできません。
まずは、幻滅から脱却し、デジタル改革の第一歩を踏み出していただければと考えています。そして、絶えず変動するビジネス、進化するテクノロジーの両方に対して高いアンテナを持ち、顧客や価値創造の視点をもって考え続けいただきたいと思います。
小林伸睦
Blue Prism株式会社
Japan CTO 兼 製品戦略本部長
製品戦略本部
2002年に大学院卒業後、サン・マイクロシステムズ(現在、オラクル)に入社。セールスエンジニアとして、さまざまなエンタープライズシステムの提案に従事する。2009年、シトリックス・システムズに入社し、セールスエンジニアリング、マーケティング、アジアパシフィックジャパン全体の事業推進を歴任しながら、国内のワークスタイル変革、生産性改善に向けた活動に注力。ワークスタイル変革にかかわる大型プロジェクト支援、テレワーク関連の政府プロジェクトへの参画・支援、そのほか講演、執筆なども行う。2020年にBlue Prism JapanのCTOに就任し、国内市場の拡大とBlue Prismの拡販に注力する。本社開発部門と連携しながら、国内の市場ニーズに応じた製品戦略、ロードマップの策定を行いながら現在、国内のエコシステムの構築に力を入れる。