今回のお題は、前回に引き続いて「自動改札機」である。ただし、主役は自動改札機そのもの、それとICカード乗車券である。

近年、見かけなくなった鉄道風景のひとつに「硬券と入鋏」がある。かつては駅の出札口で硬券を買って、それに改札口でパチンと入鋏してもらうのが基本だったが、いまや都市部では自動改札機ばかり、地方のローカル線に行くと現金払いのワンマン運転が主流、有人改札があっても、入鋏ではなくスタンプが大半だ。

自動改札機は磁気券からICカードに

有人改札では、券面に書かれている発駅と着駅(あるいは発駅と金額)の情報を視覚的に確認して、正しい切符かどうかを確認した上で、確認の印として入鋏するのが基本である。これを機械に置き換えるのが自動改札機だ。

だから、自動改札機を実現するには、機械で読み取れるような形で、切符に「日付」「発駅」「着駅または金額」などの情報を書き込む必要がある。新幹線の自動改札であれば、さらに列車名や号車・席番の情報も必要である。

そこで、最初に自動改札機が出現したときに使用したのが「磁気券」だった。切符の裏に磁性体を塗布して、磁気の形で情報を書き込むものだ。だから、磁気券を磁石などに近付けると、書き込んである情報が壊れて読み取りエラーを起こす可能性があり、取り扱いには注意を要する。

この磁石の問題だけでなく、実は他にもいろいろな課題がある。

ときどき、駅で自動改札機に切符が詰まって出てこなくなり、蓋を開けて取り出してもらっている光景を目にすることがある。そのときに中を見てみるとよく分かるが、自動改札機の中身というのはビックリするぐらい複雑怪奇だ。これが高い信頼性を持って迅速に動作しなければならないのだから、開発・製造・保守にかかる手間や費用は相当なものだろうと想像できる。具体的な金額を書くのは差し控えるが、自動改札機というのはけっこう値の張る機械なのである。

また、書き込んである情報を読み取れるように、改札機に投入した切符の裏表や向きを揃えなければならない。利用者がどういう向きで切符を投入するか分からないから、投入した切符を正しい向きに直す仕組みが必要になる。裏表については、改札機の中で裏返しの切符をひっくり返す方法と、裏と表の両方に読み取り装置を設ける方法が考えられるが、どちらにしても構造が複雑になり、コストが上がる。

そこに現れた救世主が、ICカード乗車券だった。

ICカード乗車券の基本原理

ICカード乗車券はその名の通り、中にICチップを内蔵したカードである。日本では基本的に、ソニーが開発した「Felica」を利用する共通規格を用いている。

ICカード乗車券はいわゆる非接触式ICカードに分類され、端子が露出していない点が特徴だ。ICチップ内蔵のクレジットカードやキャッシュカードと見比べると、その違いは一目瞭然である。もちろん、端子が露出していない方が破損しにくく、取り扱いが楽だ。

強引に要約すれば、ICカード乗車券とはパッシブ式のRFIDである。パッシブ式だから電池は内蔵せず、読み取り装置から発する電波をカード内部のアンテナが受信した際に発生する電流でICの読み書きを行っている。

電池を内蔵するアクティブ式にする考えも成り立たないわけではないが、カードの値段が上がるし、電池切れで使えないトラブルが多発するであろうことは想像に難くない。だから、パッシブ式にするのは当然の帰結である。RFIDを積極的に活用している米軍でも、コストと使い勝手のことがあるので、アクティブ式RFIDの利用事例は少ない。

JR東日本がICカード乗車券「Suica」を開発した当初は、カードをバッグの中に入れたままでも改札を通れるようにする考えだったようだ。ところが、電池を内蔵しないパッシブ式でこれを実現するには、かなり高い出力の電波を出す必要がある。ところが、駅では複数の改札機が並んでいることが問題になる。

つまり、電波の出力を高くすると、隣接する改札機同士で電波が干渉してしまって、具合が悪いのである。また、出力を上げると個々の改札機ごとに「無線基地局」として免許を取得しなければならないという問題もあったそうだ。そのため、読み取り装置が出した電波の到達範囲を狭い半球形の範囲に抑えて、読み取り装置にカードをタッチさせる、いわゆる「タッチ&ゴー」に落ち着いた経緯がある。

これでも、バッグなどからカードを取り出す手間はかかるが、紙の切符やストアードフェアカードみたいにカードそのものを取り出す必要はないので、その分だけ楽である。個人的経験に照らすと、優しくタッチするよりも軽くパタンと叩き付ける方がエラーが起きないように思えるのだが、その理由はよく分からない。

ともあれ、ICカード乗車券に対応した自動改札機は電波を出しているものだから、利用する電波の周波数帯を何にするかを考えなければならない。好き勝手に決めることはできないのである。そこで用いることになったのが、ISMバンド(ISM : Industry-Science-Medical)に割り当てられている複数の周波数帯のうち、13.56MHzである。ちなみに、電波の到達範囲は読み取り装置から10cm程度とされている。

ICカード乗車券のメリット

こうして登場したICカード乗車券には、さまざまなメリットがある。

まず、個々のカードに固有のIDを振っていることから、個体識別が可能であり、偽造を防止しつつ再発行が可能になる。筆者自身も「記名式My Suica」を利用しているので、紛失しても再発行が可能である。幸い、紛失による再発行は経験がなく、カードのエラー多発による再発行を受けただけだが。

また、読み取り装置は機械的な駆動部分を持たないから、磁気券用の自動改札機と比較すると、構造がぐっとシンプルになる。そのため、故障は劇的に少なくなるし、コストも下げられる。都市部に近いローカル線で低コストな簡易型の読み取り装置を設置できるようになったのも、ICカードならではだ。

そして、電子マネーや身分証明書などへの展開といった応用が可能になっているのも、取り扱うことができる情報の種類や量が磁気券と比べて多く、しかも暗号化によって安全性を確保できるICカードのメリットである。

つまり、ICカード乗車券を支えているのは、「無線通信技術」「暗号化技術」「カードの情報を管理する情報システム」といった仕組みであり、まさにITの進化による恩恵を得て実現した仕組みといえるのである。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。