筆者は以前、指定席を撮る際には「通路側」を希望することが多かった。出入りが楽だからである。ところが最近では、「窓側」を希望することが多くなった。理由は「電源コンセント」である。北陸新幹線用のE7系/W7系など一部の例外を除いて、普通車は窓側と車端の席にしか電源がないことが多いからだ。

といったところで今回は、「走るオフィスとしての列車」という話を。

電源があると助かる理由

ノートPCというものが世に出た頃からだろうか、列車や飛行機の中で仕事をする人が増えてきたと思う。筆者も例外ではなく、仕事の出張どころか、プライベートで遊びに行く途中でも、車中で仕事をしていることがある。

ノートPCはバッテリを内蔵しているから、それを使って駆動する分には、電源がなくても問題はない。といいたいところだが、バッテリの残量を気にしながら作業をするのでは精神衛生上よくない。それに、バッテリの消費を抑えようとすると、バックライトの照度やCPUの動作周波数を抑えることになり、作業効率にも響く。

あと、ダイヤが乱れて抑止、あるいは缶詰になったときには、電源の有無は重要な問題になる。実際、そういう場面でノートPCやスマートフォンのバッテリを使い果たして干上がってしまった経験がある人は、読者の皆さんに中にもいらっしゃるのではないだろうか。

だから、電源を利用できるのであれば、その方が望ましいという話になる。そこで「新幹線に乗るときには窓側席」という話になるわけだ。

そして、そういう需要が増えてきたことを鉄道事業者の側でも認識しているから、座席に電源コンセントを設ける車両が増えてきたし、背面テーブルに「キーボードの動作音など、まわりのお客様に迷惑にならないよう御注意ください」なんて注意書きまで書かれるようになった。

というわけで、「走るオフィス」の基本は電源コンセント、それとノートPCを置けるようなテーブルの有無である。キーボードの高さを考えると、膝の上に載せる方が具合がいいのだが、それでは熱が気になることがあるし、パッと立ち上がることができない。

余談だが、車内電源コンセントの周波数は車両によって違いがある。例えばJR東日本の新幹線だと、E2系の一部・E5系・E6系は100V/50Hzだが、E7系は100V/60Hzだ。電流は2A程度のことが多い。

E2系1000番台のうち最終増備グループに属する車両は、N700系・E5系・E6系と同様、普通車の窓側全席に電源コンセントを備えている。荷棚の下面に読書灯がある編成が該当する

実のところ、新幹線や昼行特急以上に、乗車時間が長い夜行列車の方が「電源需要」は大きいかもしれない。ところが現実にはどうかというと、ノートPC用の電源コンセントを備えた夜行列車はないのである。たいてい、電気カミソリ用の電源で用が足りるのだが、それも「カシオペア」みたいに洗面台に設けてあると、洗面台にノートPCを載せて充電する羽目になる(経験談)。

ネット接続環境は必須か?

もうひとつの課題はネット接続環境である。実際、東海道新幹線のN700系や「成田エクスプレス」のE259系みたいに、ネット接続環境の整備を謳っている車両もある。

車内ネット接続環境とは、車両側に外部とデータ通信を行う設備を整えた上で、車内ではIEEE802.11無線LANのアクセスポイントを設置する方式をいう。外部との通信には、WiMAXを使用する事例や、線路沿いに設けた漏洩同軸ケーブル(LCX)を用いる事例がある。

鉄道で難しいのは、トンネルの存在だ。普通の無線通信ではトンネルに入ると通信途絶してしまうが、LCXならトンネル内にも設置してあるから通信途絶しない。

ところが最近では、携帯電話がトンネル内で通信途絶しないように、携帯電話事業者が共同でトンネル内にLCXを設置する事例が出てきた。すると、それは移動体データ通信サービスでも利用可能だから、わざわざ車両側の設備を使わなくても通信可能になる。

こうなると、車両側でコストをかけて無線LANアクセスポイントとデータ通信設備を整える必然性は薄れてきているのかもしれない。それに、車両側の通信設備を使うと、複数のユーザーが同じ回線を共用する形になるので、速度が出ないことがある。

この辺は飛行機と違うところだ。飛行機は高度3万フィートぐらいの高空を巡航しているから、地上に設けられた移動体通信のインフラに頼ることはできない。だから、衛星通信のアンテナと端末機、それにぶら下がるIEEE802.11無線LANのアクセスポイントが必須という話になる。

ところが陸上を走る鉄道やバスでは、トンネルみたいな例外はあるものの、基本的には移動体通信のインフラを利用できる(そもそも移動体通信の元祖は自動車電話である)。となれば、それでネット接続を確保できれば問題ないという解釈も成り立つわけだ。そういう意味で、「ネット接続も可能な移動オフィス」という観点からすると鉄道やバスは飛行機より有利、といえるかもしれない。

それに、飛行機は離着陸時に電子機器の使用が禁止されるし、搭乗・降機に加えて保安検査という割り込みもかかる。その点、乗ったら降りるまで割り込みがかからない鉄道やバスの方が、割り込みがかからずに連続して作業を行えるので具合がよい、と感じる。

もっとも、通路側の席に座っていると、窓側席の人が出入りする際に通り道を空けなければならないので、それが割り込み要因になるが(その点でも窓側席の方が有利である)。

この「走る列車と外部との通信」という話は、なにも乗客のネット接続、あるいは第4回で取り上げた列車無線に限られた話ではない。実は、単なる乗客向けサービスというだけでなく、鉄道事業者自身が車両と地上の間でデータ通信を行えるインフラを必要としている事情もある。その辺の話は、次回に取り上げることとしたい。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。