鉄道を利用する際には、まず所定の料金を支払って、そのことを示す「乗車券」を持って改札を通り、列車に乗るのが一般的である。

しかし実際には、購入した乗車券の通りに利用するとは限らず、乗り越し、経路変更、行先変更が発生することもある。また、自由席から指定席への変更、普通列車から特急・急行などへの変更が発生することもある。

車掌と車内券発行機

そういった場面でどのように対処するかといえば、車掌を呼び止めて事情を説明して、所定の料金を支払った上で、それを示す切符を発行してもらうことになる。だから、駅だけでなく車掌も、さまざまな種類の切符を発行できるようにしている。

昔は、乗車券などを車中で購入すると、券面に路線図や駅名一覧が書いてあって、発駅と着駅のところに穴を空けるタイプがポピュラーだった。最近ではすっかり見かけなくなったが、何年か前に千葉県の小湊鐵道に乗車した際にこのタイプが出てきたので、大喜びしたものである。

では、現時点で車掌から切符を買うと、どういう形のものが出てくるか。たいていの場合、車掌は車内券発行機という機械を持ち歩いていて、それに必要な情報を入力する。すると、車内券発行機が内蔵するプリンタが切符を印刷して吐き出す仕組みである。

昔懐かしい「穴あけ式」の車内補充券。これは小湊鉄道で発券してもらったもの

こちらはJRグループで一般的な、車内券発行機で発券したもの。たまたま手元に残っていたので蔵出ししてみた

もちろん、自動券売機とは違うから料金の収受は車掌の手作業だが、切符の発行が「紙に穴を空ける」というアナログなやり方から、小型コンピュータとプリンタを一体化した車内券発行機による印刷に切り替わったわけである。

紙に穴を空けるタイプの切符の場合、いつ、どこからどこまでの切符を発行して、その際の運賃がいくらだったか、という記録が残らないと、後で売上データを整理する際に困る。といって、いちいち手作業でメモをとっていたら間違いの元だ。

手っ取り早い方法は、切符を二枚重ねにしておいて同時に穴をあけて、片方を控えとして残す方法だろうか。ただし、その控えを持ち帰った後で集計して、収受した運賃などと照合する手間がかかってしまう。

その点、コンピュータ仕掛けの車内券発行機であれば、発行した切符に関する記録をすべて車内券発行機の中に残すことができるから、そのデータを行路終了後に取り出せばよく、いちいち手作業で集計する手間はかからない。あとは現金と照合する作業だけとなる。

車内券発行機のユーザー・インタフェース

ただ、民鉄線のように区間が限られている場合は話が簡単だが、JRグループのように大規模な路線網になると、車内券発行機といえども一筋縄ではいかない。極端な話、大阪あたりで「東京→160円区間」の乗車券だけ持った人が現れて、車内で乗越精算を申し出てくるかも知れないのである。

だから、扱うことができる駅の区間はそれなりに広くしておかなければならない。しかもJRグループの場合、歴史的経緯から、さまざまな運賃計算の特例がある。それも車内券発行機にプログラムしておかなければ、運賃計算を間違えることになりかねない。

それだけでなく、乗車券以外に特急券なども扱えるようにしておかないと困る。実際、筆者も車中で自由席特急券を購入した経験はたくさんある。

そうなると、駅名をすべて押しボタンにしておいてボタン一発で入力、というのは現実的ではない。大量にある駅をすべてボタンにしたのでは、車内券発行機がボタンだらけになってしまう、それでは操作性が悪くなる上に機械が大きくなりすぎる。

かといって、スマートフォンにかぶれて「すべての情報をタッチパネルで手入力」というのもいかがなものか。なにしろ、揺れる車中で立って操作しなければならない機械である。揺れた拍子に入力ミス、ということにもなりかねない。

となると現実的な落としどころは、券種のように使用頻度が高い情報については専用のボタンを用意する一方で、駅名や日付のように変動する情報についてはキーボードで入力する方法ではないかと考えられる。駅名については、使用頻度が高いものだけ専用のボタンを用意する手も考えられる。

よくしたもので、車内券発行機は液晶パネルの保護用蓋を設けた構造になっているから、その蓋を開けると押しボタンが現れる、という構造にしておけばよい。蓋を閉じると液晶画面の保護になるだけでなく、ボタンが隠れるので一石二鳥だ。

ちなみに、この車内券発行機も、ときどきモデルチェンジして新型に置き換わっている。データの書き換えだけならハードウェアまで入れ替える必要はないだろうが、ハードウェアだっていずれは老朽化・陳腐化するものだし、操作性の向上や新機能の追加に際してはハードウェアの更新が必須だ。

また、最近では女性の乗務員が増えている。小さな手で扱うのは難しいし、機器が大きくなれば持ち歩きが大変になる。ただでさえ、車掌が持ち歩く商売道具は意外と多いのだ。そうなると、車内券発行機の筐体を大型化するわけにはいかないし、むしろ操作性や機能を損ねない範囲で小型化する努力が求められる。これも代替更新につながる理由となる。

もちろん、バッテリで駆動するものだから、バッテリ持続時間だって延伸したいだろう。プリンタという電気食いのデバイスがある一方で、乗務行路の最中にバッテリ切れになってしまっては困る。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。