しばらく前に、東北新幹線の軌道や電気設備を対象とする保守作業を担当している、「保守基地」の一般公開があったので、訪れてきた。今回は、そこで拾ってきたネタを取り上げてみよう。
レールも車輪も摩耗する
新幹線のように高速で運転する鉄道はいうに及ばず、在来線であっても、レールの頭部や、そこと接する車輪の踏面を適正な形状に保つことは、安定走行の実現や快適性の維持といった観点から見て、まことに重要である。
例えば、急制動で滑走が発生すれば踏面の一部が削れて平らになってしまう、いわゆるタイヤフラットが発生する。そんな状態の車輪を転がせば、騒音や振動が発生するのは当然だし、乗り心地にも(文字通りに)響く。
そこまで極端でなくても、車輪の踏面やレール頭部が部分的に欠けたり、形状が適切でなくなったりといった問題が生じることもあるだろうし、ことにレールについては、列車がマメに通過していないと錆びてくる。
さらにレール頭部の場合、使用条件によっては波状摩耗が発生することがあるが、これもタイヤフラットと同様、騒音や振動といった問題につながる。そもそも、そんなレールの上を高速で安定して走ることはできないだろう。
そこで、正規の形状を保てなくなった車輪やレールは、削って適正な形状に戻すようにしており、これを削正(さくせい)という。ちなみに、架線(正確には、パンタグラフが接する線はトロリー線という)も摩耗するのだが、こちらは削正しないで交換する。削正して使い続けるには、ちと断面形状が小さすぎる。
レールの削正作業
といったところで、冒頭で言及した保守基地公開の話につながる。レールの保守に使用する機材のひとつに、「レール削正車」があるのだ。
読んで字のごとく、レール頭部を削正して適正な形状に戻す作業を受け持っているのだが、具体的にどうしているのか。パッと思いつくのは、適正なレール頭部の形状に合わせた形の砥石を用意して削る、という方法だが、実際には違う。
そもそも、レール頭部の形状に合わせた砥石を作るには手間がかかってしまうし、そうなれば砥石のコストに響く。しかも、砥石だって使えば摩耗するのだから、摩耗した後でも適正な形状を保てる保証がない。さらに、形状の見直しがかかれば砥石も作り直しになり、生産設備への再投資が必要になる。
という理由によるものなのか、レール削正車はドーナツ型の砥石を使っており、削る面は平らだ。これを複数組み合わせて使い、それぞれをモーターで回転させる。複数の砥石はそれぞれ位置と向きが違うので、それらがすべて通り過ぎると、結果として適正なレール頭部形状になるというわけだ。
と書くのは簡単だが、実際には細かい制御が要る。レール頭部形状に合わせて個々の砥石の位置決めを行う必要があるからだ。さらに、前述したように砥石は使えば減っていくから、摩耗に合わせて砥石の位置を直していかなければならないのではないだろうか。こうなるともう、コンピュータ制御の工作機械と同じ仕事になる。
車輪の削正作業
一方、車輪の方も削正作業が必要になる。だから、車両基地にはたいてい、削正用の機材を設置した専用の作業線がある。機材は一ヶ所だけなので、編成が備える全部の車輪を削るには、ひとつ削る度に車両を移動させていくことになる。車輪を回転させながら刃物で削る方法と、回転式の刃物を使って削る方法があるが、結果は同じである。
通常、車輪の削正作業はそれほど頻繁に行うものではなく、「何万km走ったら」あるいは「何年ごとに」といった形で実施する。ただしもちろん、フラットができたとか表面が荒れたとかなんとか、削正を必要とする状況が発生すれば、随時、削正を行うことになる。
レールも同じだが、削っていけばサイズが小さくなるので、許容限界まで小さくなったレールや車輪は新品と交換する。
車輪の削正と自己位置検出の関係
本連載の第14回でも少し触れたが、鉄道車両では自車位置検出に車輪の回転数を利用するケースが多い。車軸発電機を取り付けて、1回転ごとにパルスを出すようにすれば、パルスの数を数えることで何回転したかが分かる。
昨今でこそGPS(Global Positioning System)を利用するシステムが出てきたが、それは、安価で充分な精度を確保できるGPS受信機ができたからこそ。それ以前から自車位置検出のニーズはあるし、GPSはトンネル内では使えない。それに、GPSで得られるのは緯度・経度だから、それを地図や線路データベースと照合する手間もかかる。それと比べると車輪の回転数を使う方が直接的だし、仕掛けが簡単になる。
その自車位置の情報は、振子車両の車体傾斜制御、自動放送、「うっかり通過」を防ぐための駅停車支援装置(停車駅を予告するもの)、あるいはATACS(Advanced Train Administration and Communications System)のような閉塞システムなど、さまざまな場面で利用する。いずれも、あまり誤差を出して欲しくない用途である。
ところが、車輪を削正すれば直径が減るから、単に回転数に依存して自車位置を判断すると誤差が出る。例えば、新品の時点で860mm径だった車輪が800mmまで減れば、7%の違いが生じる。これは無視できないレベルの数字だ。さらに、空転や滑走でも誤差が出る。
だから、単に車輪の回転数だけに依存するのではなく、位置が確実に分かる駅停車時に、あるいはATS(Automatic Train Stop)地上子といった情報源を使って、適宜、位置を補正して誤差の累積を防いでいる。
執筆者紹介
井上孝司
IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。