今回は、JR東日本で研究した「安研型防護無線自動発報システム」を紹介しよう。

防護無線(防護発報)については過去に第27回で言及したことがあるが、これは乗務員が危険を察知、あるいは発見した際に手動で作動させるものである。しかし「安研型防護無線自動発報システム」は、その名の通りに自動的に防護無線を作動させるところがキモだ。

衝突・転覆に際しては防護無線の発報が必要

過去の鉄道事故の事例をひもといてみると、脱線・衝突・転覆といった事故が発生した際に、そこにさらに別の列車が突っ込んできて被害を拡大した事例がいくつかある。それを防ぐために、防護無線を作動させて周囲の列車を一斉に止めたり、信号炎管を焚いて注意喚起したりするわけだ。

ただし、こういったリアクションはいずれも、乗務員が手作業で行っている。だから、乗務員が適切な状況判断を行い、かつ、機器を作動させられることが前提になっているわけだ。もしも事故の際に乗務員が死傷するようなことがあれば、列車防護ができるかどうか分からなくなる(もちろん、そんな事態にならない方が良いに決まっているが)。

また、列車ダイヤが稠密な大都市圏では、事故の発生から発報までに若干のリアクションタイムを必要とする点が問題になるかも知れない。たとえばの話、朝間ラッシュ時の山手線で対応行動をとるのに2分以上かかれば、その間に次の列車が来てしまう。

では、「安研型防護無線自動発報システム」の核心となるポイントは何か。それは、「衝突・脱線・転覆検知装置」によって、自動的に事故の発生を知る点にある。いずれの場合にも、通常なら発生しないような加速度が生じるので、それを加速度計で検出する仕組みだ。たとえば、脱線や転覆なら横方向への急加速が発生するだろうし、衝突なら列車の急減速が発生すると考えられる。

しかし、誤検出の回避が問題になる。誤報で近隣の列車を止めてしまう事態が頻発したのでは、安心して使えない。どの方向にどの程度の加速度がかかったら「衝突・脱線・転覆が発生した」と判断するのか。それには、実験を通じてデータを蓄積する必要があるし、さらに実運用試験を通じて誤検出が生じる場面を洗い出す必要もある。

自動検出に際して課題となる諸条件

鉄道では複数の車両を連結していて、車両ごとに状況が異なる。たとえば電動車と付随車では重量が違うし、平屋と二階建てでは重心や挙動にも違いがあるかも知れない。もちろん、車両によって乗車率も違う。

また、直線区間を走っているときと曲線区間を走っているときでは横Gのかかり方が違う。事故が起きたときに構体がつぶれて衝撃を吸収すれば、その分だけ発生する加速度が減る可能性もある。

基本的には、事故が発生すると大きな加速度が不意に発生する可能性が高いと考えられるが、さまざまな条件に関するデータを蓄積して慎重に閾値を決めていかないと、誤警報の元になってしまうだろう。それに、加速度計を設置する場所によってもデータに違いが生じるかもしれない。

しかし一方では、横風による転覆みたいに、急な加速度が発生しない場面も考えられる。すると、単に加速度の高低を測るだけではなくて、加速度を時間で積分して速度や移動量を知る必要もある理屈だ。加速度を時間で一度積分すると速度が、二度積分すると移動量が分かるが、後者は飛行機やミサイルの誘導に使用している慣性航法装置(INS : Inertial Navigation System)と似た理屈である。

「安研型防護無線自動発報システム」では、そういった課題について実験・検証を実施して、誤検出を排除しつつ本物の事故を確実に検出できることを確認できたそうである。

ところで。この研究を通じて、走行中の車両で発生するX軸・Y軸・Z軸方向の加速度に関するデータ集積が進んだと思われるが、これを乗り心地に関する研究に応用できないものだろうか。おっと、閑話休題。

鉄道に特有の課題

複数の車両を連結して走っているという鉄道の特性は、加速度検出以外のところでも影響してくる。

たとえば、踏切事故では先頭車、特に運転台が損傷したり破壊されたりといった事態が起きる可能性が高い。すると、先頭部の運転台に設置した防護無線の機材が使えなくなる可能性もある。だから、先頭車の防護無線を作動させるだけではダメで、後尾側の運転台に設置した機器を作動させる、といった工夫も必要になる。

また、一部の「ハコ」だけ問題が生じる可能性もある。踏切でクルマが立ち往生しているところに列車が突っ込んでしまったときには先頭車が影響を受けるが、ひょっとすると、列車が通過しているところにクルマが突っ込んでくるかも知れない。すると、編成の途中で「脇腹を刺される」事態になる。

実際、2013年9月16日に相模湖駅で発生した脱線事故では最後尾の車両だけが脱線した。そういった事故では、連結器で他の車両とつながっているから助かった、ということもあれば、逆に他の車両まで道連れにしてしまうこともありそうだが、それはそれとして。

こういった課題も考慮に入れたシステム設計や事故判定アルゴリズムの設計が必要になるのだから、簡単な仕事ではなさそうだ。

ちなみに、「動作を監視していて異常が発生すると警告する」仕組みは、なにも車両に限った話ではない。分岐器を作動させる転轍機(てんてつき)についても、動作監視のための研究がなされている。分岐器不転換がダイヤを乱す原因になることは実際にあるから、これは重要だ。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。