本連載の第22回で、車両の検査を自動化する話について取り上げた。もちろん、検査だけでなく製作についても自動化・機械化が進んでいて、これは他の製造業と共通している。ただし、鉄道車両には独特の事情もあるので、ただ単に何でも自動化すればよいというわけでもないようだ。

自動化を実現した分野の例

設計を紙からCAD(Computer Aided Design)に切り替えてコンピュータ化するのは、なにも鉄道車両業界に限らず、どこの業界でも同じである。CADで作成したデータを製造工程で使用する各種の機械に流せば、たとえば材料の切り出しや加工をコンピュータ制御の工作機械によって行うこともできる。

ただしそれには、相応の設備投資が必要になるし、投資した以上は回収しなければならない。そうなると、同一製品を大量生産する方が効率的なのは論を待たない。それを究極の形で実現しているのが、JR東日本の新津車両製作所ではないだろうか。

首都圏で使用するステンレス車体の通勤型車両に的を絞り、できるだけ仕様を統一した車両を大量に製作する。そのために、材料の切り出し、曲げ加工、溶接から部材番号のマーキングに至るまで、コンピュータ制御で自動化する工程を多くとり、フルタイムで効率的な大量生産を可能にしている。これにより、路線単位でバサッと一気に新型車両に置き換えることができて、製作だけでなく運用の効率化も図れる。

新津車両製作所で新造した埼京線向けのE233系7000番台を輸送中。これが出揃うと、次は横浜線、その次は南武線の分を一気に作る

ステンレス車体であれば、板材をレーザー自動切断機で切り出して曲げ加工を行い、それをスポット溶接で接合していくのが一般的だ(レーザー連続溶接を使用することもある)。こういった一連の作業工程は、一年に一度行われる新津車両製作所の一般公開を訪ねれば、その片鱗を伺うことができる。

対してアルミ車体であれば、長手方向に大きな押出形材を作り、それを摩擦攪拌接合(FSW : Friction Stir Welding)などの方法で連続溶接する方法が主流になった。この押出形材は車体の断面に合わせた形状になっていて、かつ内外二重の板と、それを結ぶトラス構造まで一気に作ってしまうので、いちいち骨組みを溶接しなくても強度を保てる。昨今の新幹線電車の車体は、みんなこれである。それを長手方向に一気に連続溶接すれば、ちょこちょこと外板と骨組みを溶接するより効率がよい。

自動化が難しい場合もある

ところが鉄道車両業界では長らく、カスタマーとなる鉄道事業者がそれぞれ、自社の事情や流儀に合わせて独自の車両を設計・製作する形が一般的だった。これには、既存の車両との共通性や連続性の確保というだけでなく、車両のサイズや要求性能が事業者によって異なっている事情もある。

たとえばの話、JR以外の事業者では、JRの在来線に合わせた規格の車両を入れようとしてもサイズが限界オーバーで、車体がホームをこすってしまう場合もある。また、会社ごとに「技術的なこだわり」や「外観のデザインに関するこだわりや伝統」が存在したり、といった事情もある。

しかし、カスタマーごとに異なる設計の車両を多品種少量生産するのでは、いちいち設計図を引き直す必要があるし、製作に使用する治具も手順も違いが生じる、ということになりがちである。それではコンピュータの活用による自動化も、それによる効率化もコスト削減も実現しづらい。

JR東日本が自前で少品種大量生産の体制を組めるのは、それを支えられるだけの車両の需要があるから、という一面がある。需要がないのに大量生産の体制だけ作っても、投資を回収できない。

仕様標準化による改善の流れ

そこで近年、可能なところだけでも仕様を揃えようということで、規格化・仕様標準化の流れが進んできた。わかりやすい例としては、JR東日本のE233系をベースにした派生車種を、他の民鉄でも導入しているケースがある。

もちろん、前面や内装のデザイン・配色、使用する機器など、各社の独自性を発揮する部分も残されているが、たとえば側面の扉・窓配置を統一するだけでも生産効率化につながるはずだ。側構体の設計を共通化できるからだ(ただし実際には車体の幅の問題から、裾を絞った側構体と絞っていない側構体ができてしまうのだが)。

以前から、ローカル線向けの気動車はメーカーがベース車を用意して共通性を持たせて、塗装や細かい部分の仕様で事業者ごとのカスタマイズを施す形が主流になっている。そもそも昭和30年代までさかのぼると、車両メーカーが主導する形で標準仕様の電車を提案、それを受けて複数の事業者に似たような車両が入る事例もあった。

しかし近年の規格化・仕様標準化は、業界で広く相乗りする形で、より深度化した形で進んでいる点に特徴がある。それを側面から支えているのが、ITを活用した効率的な製作体制といえるかも知れない。ITの活用、あるいはコンピュータ化や自動化に際しては、全体の仕組みや事業戦略まで関わってくる一例といえそうだ。

JR東日本のE233系2000番台。常磐緩行線~東京メトロ千代田線で使用している

反対側から千代田線に乗り入れてきている小田急4000形。E233系と同じ血筋を持つ「従兄弟同士」みたいな車両である

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。