本連載の第20回で、「アクティブサスペンションや車体傾斜機構による乗り心地の改善」という話を書いた。もちろん、乗り心地の改善は居住性・快適性を高める際の重要な要素だが、それだけというわけでもない。
ということで、その他の「自動制御」にまつわる話を取り上げてみよう。
自動音量制御装置
最近は自動放送が増えたので昔ほど文句をいわれないが、昔は鉄道の車内放送というとしばしば、「よく聞こえない」とか「音量の上では聞こえるけど、しゃべり方が不明瞭で、何を話しているのかよく分からない」といった文句をいう人がいた。
文句をいわれても仕方ないような、聞き取りにくい放送をする乗務員が少なくなかったのは確かで、筆者は「車掌と駅員には、アナウンサーばりに発声練習を義務づけるべき」と本気で考えていたものである。おっと、閑話休題。
鉄道の場合、車両自身、あるいは周囲から発する騒音があるので、音量の調整が難しい。
音量を上げすぎれば「うるさい」と文句をいわれるし、音量を下げすぎれば「聞こえない」と文句をいわれる。しかも、周囲の騒音が増えたり減ったりするから難しい。鉄橋やトンネルを通過する場面、あるいは地下鉄では外部の騒音が大きくなるし、停車しているときは騒音は小さい。もっとも、駅の放送がうるさいということはあり得るが、それは措いておく。
そこで1980年代から導入事例が出てきたのが「自動音量調整装置」である。といっても、そんなに難しいメカではなくて、客室の片隅にマイクを設置して騒音レベルを検出し、それに合わせて放送の音量を自動的に上げたり下げたりするものである。もちろん、車内がうるさいときには音量を上げるし、車内が静かなときには音量を下げる。それを、車掌の判断と手作業に任せる代りに自動化したところがミソである。
しかし、どこにマイクを設置するか、そのマイクからの入力をどう解釈して出力音量をどう制御するか、といったところのチューニングは、案外と難しいかもしれない。「うるさいか否か」という、人間の主観に関わる部分が大きいのでなおさらだ。
放送の内容も自動制御!?
音量を自動制御するだけでなく、放送内容を乗務員の肉声に頼らないで自動化するのが昨今の趨勢だが、実はそこで、本連載の第1回で取り上げた「制御伝送化と統合制御」の話が関わってくる。
たとえば、普通に列車が走っているときには「次の停車駅」に関する放送を行うが、これは簡単なようで簡単ではない。放送を開始する場所とタイミングという問題があるからだ。運転手の手作業で放送を指示するワンマンバスで、ときどき放送のタイミングを外すことがあるが、そういう問題である。
次の停車駅を間違えるのは論外だが、次の停車駅に接近しすぎてから放送しても、乗客が対応しきれずに降り損ねる可能性がある。といって、早く放送しすぎても、今度は次の停車駅がどこなのかを忘れてしまうかも知れない(?)
実は、モニター装置や制御伝送化を取り入れた車両で運転台のモニター装置を観察していると分かるが、モニター装置の画面では運転士向けに時刻表を表示するのと併せて、列車の現在位置を時々刻々と把握・表示している。
それも、単に「A駅とB駅の間」という大雑把な情報ではなくて、キロポストの数字を表示しており、それが時々刻々と変化している。起点が分かっていれば車輪の回転数で移動距離を計算できるし、デジタルATCなど、精確な地点情報を得られる仕組みがあれば、それも活用できる。
ということは、その情報を利用すれば、適切なタイミングで放送を入れることができそうである。実際にそうしているかどうかは分からないが、筆者が思いつくぐらいだから、鉄道事業者やメーカーの関係者が思いつかないはずがなかろう。
また、普段は接することができないが、運転士が非常ブレーキをかけると「急停止します、御注意ください」と自動放送が入る車両がある。運転士が行う加減速の指示から車内放送まで、同じデータバスに載せて統合制御している車両であれば、その運転操作と自動放送を連接・連携させるのは容易であろう。
空調の設定は自動化&集中監視
車内放送と並んでクレームが出やすいのが、空調、とりわけ冷房の温度設定である。30年ぐらい前の話だから、いまさらバラしても時効だろうが、筆者は某関東大手民鉄の急行電車に一時間半ほど乗っている間に、冷房の効きすぎで冷え切ってしまって風邪をひいたことがある。
しまいには本当に歯がガチガチいいだしたのだから、明らかな冷え過ぎである。車端の壁に取り付けてあったサーモスタットを見たら、設定温度は「18度」であった。
と、これはいささか極端な例だが、弱冷房車が一般化するぐらいだから、冷房の温度は控えめに、という人が少なくないのは分かる。しかし、炎天下に電車に乗って、冷房でスーッと汗がひく快感というものもあるし、そのせいか、温度は低めの方がいいという人もいるだろう。最近では節電節電とうるさいから、さほど大きな声にはならないかも知れないが。
というわけで、空調の自動化は当たり前である。それだけでなく、個々の車両ごとに個別に設定して回るのでは手間がかかって大変なので、車掌室から一括設定するのも当たり前である。
そして近年ではモニター装置(本連載の第1回目を参照)のおかげで、車掌は居ながらにして、個々の車両の車内温度を数字で把握できるようになった。これで、冷えすぎている車両や冷え足りない車両は一目瞭然である。冷え足りない車両があれば、遠隔操作で設定温度を調整すればよろしい。
執筆者紹介
井上孝司
IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。