本連載の第6回で、自動列車制御装置(ATC : Automatic Train Control)について取り上げた。そこからの話の流れで、今回は自動運転と定位置停止装置について取り上げてみよう。
減速・停止はATCで実現可能
日本で使用しているATCは「機械優先」だ。これが自動運転と関わってくる。
鉄道の信号保安システムでは、先行列車や対向列車がいる場合には自動的に、信号システムが列車に対して示す制限速度を引き下げたり、停止信号を示したりする。通常であれば、運転士はその信号の現示を見て手作業で減速操作を行い、制限速度を超過したり、停止信号を冒進したりしないようにしている。
しかし、人間の注意力にだけ頼っているのでは安全を保つのが難しいという考えから、停止信号の冒進が発生したときに自動的に非常ブレーキをかける仕組みができた。これがATS(Automatic Train Stop)である。ATSのシステムによっては、停止信号以外の現示についても、制限速度を超過していればブレーキをかけるものがある(いわゆる速度照査機能付きATS)。また、パターン制御式のATSなら、設定した減速パターンを超える速度を出しているとブレーキがかかる。
いずれにしても、ATSは「人間の操作が優先」であり、速度超過や停止信号の冒進が発生したときにだけATSが介入するのが基本的な考え方だ。それに対して、日本で使用しているATCは、信号現示の変化が発生すると、自動的にブレーキをかけたり停止させたりする。これが「機械優先」と呼ばれる所以だ。
ということは、極端なことをいえば、列車を駅に止めたいときには、駅の手前で段階的にATCの速度現示を引き下げていって、最後に停止の指示を出せば、ATC車上装置はそれに合わせて自動的に減速操作を行い、最後に列車を止めるはずである。
もっとも実際には、段階的に速度現示を引き下げていくと減速・緩解の操作を繰り返すことになり、前後動の原因になって乗り心地が悪くなる可能性が高い。だから、運転士が手作業で減速する方がスムーズになると考えられる。ただし、速度現示が段階的にならないパターン制御式ATCの場合には、また話が違うだろう。
ATCに加速機能を組み合わせるとATO
ともあれ、停止させる方はそれでよいとして、後は停車している状態から発車して加速する方を自動化すれば、自動運転が可能になるのではないか? という発想に行き着く。
ということで登場したのが、ATO(Automatic Train Operation)。ATCを設置している路線であれば、車両にATO車上装置を搭載して加速操作を自動化する仕組みを組み込むことで、機械優先のATCを使った減速とのコンビネーションによって、自動運転が可能になるわけだ。
実際にATOを使用するときには、運転士がボタンを押して発車の指示を出す。誤操作防止のために、2個のボタンを同時に押し込むのが一般的だ。するとATO車上装置が加速の指示を出して列車を動かし、ATCの指令に応じて速度を落として、最後は停止させる。新交通システムのように無人運転を行うのであれば、押しボタンを押す部分の指令も自動化することになる。
もっとも、常に機械任せにしていると運転士の腕が鈍ってしまい、緊急時に手動運転が必要になる場面で困ってしまうので、ATOを使用している路線であっても、ときどき運転士のハンドル訓練を行うのが常だ。
なお、ただ漫然と全力加速したり、ATCの指示に応じて自動減速したりすればよいというものではない。混雑率によって加速・減速の度合は違ってくるし、勾配によって速度が上がったり落ちたりすることも考慮に入れる必要がある。先行列車がいなくてATCの現示速度が高くても、カーブで速度制限が課せられるかも知れない。
だから、そうした要素を考慮に入れながら円滑な運転を実現できるようにATOや自動運転のプログラムを作るのは、あまり簡単な仕事ではない。そこで、線路条件に基づいて作成した運転パターンをあらかじめ保持しておいて、地上から受信する地点情報に基づいて、自動的に加速・減速操作を行うようになっている(第19回で取り上げたランカーブの話も参照してみていただきたい)。
ホームドアと定位置停止装置の関係
ATOで自動運転を行うのであれば運転士の負担を軽減できるので、いわゆる都市型ワンマン運転を実現しやすくなる(第9回を参照)。また、安全対策という見地からすると、ホームドアを設けて乗客の転落や触車を防ぐことが必要だ。
実際、都市型ワンマン運転を行っている路線の多くはホームドアがワンセットになっている。この組み合わせは、東京メトロ南北線あたりが嚆矢になるだろうか。ただし、ホームドアなしのワンマン運転事例もあるし、ツーマン運転でもホームドアを設ける事例もあるので、必ず両者がワンセットというわけでもない。ワンセットにする方が好ましいのは確かだが。
ところで。ホームドアを設けると、停止位置のズレが問題になる。停止位置が所定の位置から大きく外れてしまうと、車両のドアの位置とホームドアの位置が合わなくなり、乗降が不可能になるからだ。
そこで、ホームドアを設置する際には定位置停止装置(TASC : Train Automatic Stop-position Controller)が必要になる。駅停車の際に所定の位置から外れないように止めるためのものだ。
ATCによる自動減速は、信号システムが設定している線路の区切り(閉塞区間)が単位である。しかし、それとホームの停止位置が合致しているとは限らないから、ホームに合わせて列車を止めるためには、それ用の仕組みが要る。それがTASCである。
具体的には、駅の手前に何ヶ所か、位置情報送信用の地上子を設けて、駅の停止位置までの距離情報を列車に送る。それを受けた車上装置は、停止すべき位置と現在位置を比較照合して減速パターンを生成、それに合わせてブレーキをかける。考え方はパターン制御式のATCやATSと似ているが、対象が異なるわけだ。
理屈の上ではこれで問題なくいきそうなものだが、それでもまれに、停止位置を外して手作業で位置を直す場面に遭遇することがある。かように完璧な自動システムを構築するのは難しい。そのためなのかどうかは知らないが、減速から停止まで完全に自動化するのではなく、定位置停止のための減速操作にだけTASCを活用して、それ以外は運転士の手動操作に依存する形態もある。
執筆者紹介
井上孝司
IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。