本連載の第4回で、鉄道の運行などに関わる通信インフラの話を取り上げた。無線通信では近年、携帯電話のパケット通信を初めとする移動体通信事業者に依存するケースが出てきているが、銅線や光ファイバーによる有線の通信網、あるいはマイクロ波による無線通信網を自前で運用しているケースも多い。

線路があればケーブルを敷設できる

「鉄道事業法」では、いわゆる鉄道会社を、自前でインフラを持って運行している「第一種」、インフラを保有して貸し出すだけで運行は行わない「第三種」、第一種事業者や第三種事業者からインフラを借りて運行だけを行う「第二種」の三種類に分類している。

ということは、第一種、あるいは第三種の鉄道事業者であれば、線路を敷設するために土地を保有しているので、その土地を利用して、列車の運行などで必要となる通信網を構築することができる。自社の用地内にケーブルを敷設すれば、余分な土地代はかからない。

そして、自社の鉄道用地内に敷設した光ファイバーなどの通信網を、自社の事業で使用するだけでなく、電気通信事業者に対して貸し付ける事例もある。鉄道事業者にとっては通信網の賃貸収入が入ることになるので、新たな収入源になる。

もちろん、通信網に貸し出しのための余裕があるのは大前提だ。貸し出しのために通信網の能力を食われてしまい、自社の業務に支障を来たすのでは本末転倒である。もっとも、貸し出し用に回線を増設することになっても、土地は自前だから、設備投資の負担は相対的に少ないのではないだろうか。

利用に際してはさまざまな条件があるが、その条件を満たせるのであれば、借り受ける電気通信事業者はインフラ構築の負担を軽減できるので、こちらにもメリットがあることになる。

鉄道事業者がこうした通信インフラの貸し出しについて情報を公開している事例を、いくつか紹介しよう。ランダムに選び出したもので、この顔ぶれに他意はない。

また、既存の通信網を貸し出すだけでなく、通信網を構築する際に自社の用地の利用を認めるケースもある(もちろん有償である)。

上で紹介した京阪電鉄の場合、「自社で敷設したケーブルは自社の事業用だけで手一杯であり、貸し出す余裕はない」としている。しかし、土地を貸し出すことはできる、というスタンスになっている。こういう方法もアリなのだ。

こういった通信インフラの貸し出しは電気通信事業者向けだが、コンシューマー向けとしては、CATVサービスやインターネット接続サービスを展開することもできる。自社の沿線がサービスエリアであれば、線路沿いにバックボーン回線を敷設することは理にかなっており、そこから先のアクセス回線をなんとかすれば済む。

それに、沿線住民向けに一種の付加価値を実現することで、結果として沿線人口の増加などにつなげることができれば、本業である鉄道・バス事業、あるいは流通事業などとの相乗効果を期待することもできそうだ。そこまで考えて「どこの沿線に住むか」を決める人がどれだけいるか、ちょっと分からないけれども。

実はこの手の話は、鉄道事業者に限った話ではない。たとえば、電力会社は送電網を構築しているから、そのインフラを利用して通信網を構築できる。それを活用したのか、通信自由化が実現した際に、全国に「電力系通信事業者」が登場した。その辺の基本的な考え方は、鉄道事業者による通信インフラの貸し出しと似ていそうだ。

余談だが、太平洋戦争の前には、電力会社が鉄道事業に乗り出すなど、電力事業と鉄道事業の結びつきが密接だった。民鉄各社の社史をひもといてみると、その手の話はいろいろ出てくる。電車は電気で走るのだから、よくよく考えれば親和性の高い組み合わせである。

土地に関する余談いろいろ

といったところで、土地に関する余談を。

第一種、あるいは第三種の鉄道事業者がインフラを自前で保有しているということは、そのインフラのための用地は鉄道事業者が所有する財産というか、事業用の資産ということになる。

したがって、土地や建物にはどこかに「財産標」がついている。ややこしいことに、ある鉄道事業者が保有する土地や建物を別の鉄道事業者に貸し出していることもあり、その場合には「借用表」が出現する。

福島交通がJR東日本から、福島駅構内の土地を借り受けていることを示す借用表(福島駅で)

では、相互乗り入れの境界駅みたいに、複数の鉄道事業者が共用している駅はどうなるか? この場合、駅の施設や土地をどちらか一方の鉄道事業者の所有にすることもあれば、途中で分割して所有している場合もあるようだ。後者のケースで構内に光ファイバーを敷設して貸し出そうとすると、収入の配分をどうするかの調整が必要になりそうである。

ちなみにそういう駅では、駅務はどちらか一方の事業者がまとめて担当することが多い。たとえば、先日に地下に移設した東横線の渋谷駅は副都心線の渋谷駅でもあるものの、東急の管轄になっている。だから、構内のサイン類がみんな「東急仕様」である。複数の改札がある場合、改札口によって異なる事業者が担当していることもある。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。