クルマの世界では「走る、曲がる、止まる」という言葉があるが、鉄道の場合、「曲がる」はレール頼みなのでおいておこう。そして前回は「走る」の話をしたので、今回は「止まる」の話を。

空気ブレーキと電気指令式ブレーキ

鉄道車両のブレーキで基本となるのは、車輪(正確には、左右の車輪を車軸でつないで一体のものとしているので「輪軸」という)の回転を機械的に止める、いわゆる機械式ブレーキである。

車輪の踏面(レールに接する面)に制輪子を押し付ける方式が一般的だが、自動車でおなじみのディスクブレーキを使用している場合もあり、たとえば新幹線電車はすべてディスクブレーキである。いずれにしても、空気圧縮機で作って貯めておいた圧縮空気で作動させるので、空気ブレーキ(または空制)と呼ぶ。

当初のブレーキは、ブレーキの指令を「ブレーキ弁」による空気圧の変化によって行っていた。ところがこの方法だと、編成長が長くなった時に、運転士が操作するブレーキ弁に近い先頭寄りの車両と、ブレーキ弁から遠い後方の車両とで、ブレーキが効き始めるタイミングがずれてくる問題が生じる。

そこで登場したのが電気指令式ブレーキである。ブレーキの指令を出すための空気管を引き通す代わりに、電気信号で指令を出すための配線を引き通しておく。そして、運転士がブレーキ設定器で制動力を指示すると、それが電気信号の形で各車に設けたブレーキ装置に伝わる。ブレーキ装置は、指示された制動力に見合った圧力の圧縮空気を送り出して、ブレーキシリンダを作動させる。この方法なら制動力の指令伝達は電気信号によって行われるので、ブレーキをかけ始めるタイミングがずれる問題はない。

電気指令式ブレーキのアナログとデジタル

電気指令式ブレーキには、アナログ式とデジタル式がある。アナログ式は電圧の変化で制動力を指示するのに対して、デジタル式は「1」と「0」の組み合わせで指示する。具体的にはどうするのか。

一般的な電気指令式ブレーキでは、制動力を0~7までの8段階で指令できることが多いようだ。その場合、指令用の信号線を3本用意すればよい。そこでたとえば、信号線に電圧をかけたら「1」、無電圧なら「0」、ということにしておく。それぞれの信号線で「1」と「0」を区別できれば、全体では3ビットということになる。

すると、2の3乗は8であり、000~111まで、8段階の指令が可能になる。そこで、ブレーキ設定器のハンドルを何段目に合わせたかによって、どの信号線に電圧をかけるかどうかを決めればよい。この例では信号線が3本で「3ビット=8段階」だから、信号線をもう1本増やせば「4ビット=16段階」のブレーキ指令を行える計算になる。もっとも現実には、そんな細かい指令段数を設定しているケースはないようだ。

もうひとつ、ブレーキ指令の段数と同じ数だけの信号線を用意しておいて、指令した制動力に合わせてそれぞれの信号線を順次加圧していく方式もある。制動力「3」を指示したら、7本のうち3本を加圧するわけだ。これでも結果は同じだが、信号線の数が多くなるし、そもそも前述の方式の方がデジタルっぽい(?)。

ところで注意しなければならないのは、鉄道は一般的に複数のハコを連結して走っているという点である。滅多に起こらないことではあるが、連結器が切れて編成が分離してしまったときには、そこで自動的にブレーキが効いてくれないと困る。これは空気ブレーキでも電気指令式ブレーキでも同じだ。

そこで電気指令式ブレーキでは、常時加圧している引き通し線を用意しておいて、その電圧がゼロになったら自動的に非常ブレーキを作動させる、いわゆる非常電磁弁を各車に設けている。

電空演算と応加重制御

ところが、鉄道車両のブレーキは空制だけではない。電気車であれば、駆動力の源であるモーターを発電機として利用することで制動力を発揮させる、いわゆる電気ブレーキもある。そして、現在ではこちらの方が主役となっており、空制を使用するのは止まる直前だけということが多い。

モーターを発電機として作動させて、そこで発生した電力を架線に戻す、いわゆる電力回生ブレーキを使用することでエネルギー効率を高められるのが、電気車のメリットである。回生ブレーキはハイブリッド自動車でもおなじみの言葉だが、鉄道の方が桁違いに先輩である。また、電気ブレーキを使用すれば制輪子を使わずに済むので、その分だけ制輪子の磨耗が減るという理由もある。

ところが、電気ブレーキを利用できるのは当然ながら、モーターが付いた車両だけである。モーターがない車両で電気ブレーキをかけるのは無理だ。では、ブレーキの指令が出たときに、モーター付きの電動車は電気ブレーキを使い、モーターなしの付随車は空気ブレーキを使うのか。

もちろん、それはそれでひとつの考え方だが、それでは付随車だけ制輪子がどんどん減ってしまう。そこで、「指示された制動力は、まず電動車の電気ブレーキで負担する。それでも足りないときだけ空気ブレーキを作動させる」という考え方になった。すると電空演算、すなわち電気ブレーキの制動力と空気ブレーキの制動力をどう配分するかを計算する仕組みが必要になる。

そして両者の配分を適切に計算するには、その時点で発揮できる電気ブレーキ力を正しく把握して、それを指示された制動力から引き算しなければならない。しかも、速度の低下などで電気ブレーキの利きが悪くなったときには、すかさず空気ブレーキを作動させる「引き継ぎ」が必要になる。

これらの制御を円滑にできないと、制動時に車両が前後にガクガクして乗り心地を悪化させる。だから、電空演算の制御を熟成することは、乗り心地の良いブレーキを実現するために重要である。こういう場面できめ細かい制御を実現しようとすれば、機械的に作り込むよりもコンピュータ制御にしてソフトウェアで面倒を見る方が具合がいいし、不具合が生じたときの手直しも楽だ。

積空の重量差が大きい通勤電車ではさらに、応荷重装置を加えるのが一般的だ。つまり、混雑して重たいときと空いていて軽いときで制動力の加減を変えるわけだ。空気バネの内圧を使って機械的に実現することも可能だが、コンピュータ制御の方がきめ細かい制御を実現できるだろう。

ちなみに最近では、空制にまったく頼らない「全電気式ブレーキ」を使用している電車もある。停止直前にちょいと主電動機を逆転させることで最後の停止を行うのだが、これもコンピュータ制御でなければ実現は難しそうである。もちろん、全電気式ブレーキを使用する車両であっても、予備の空気ブレーキは装備している。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。