日本の鉄道業界で、以前と比較すると「減ったなあ」と思わせてくれるもののひとつが、「肉声の放送」である。駅はまだしも、車内放送では特にその傾向が強い。

ひとつには、合理化のためにワンマン運転を行う事例が増えた事情がありそうだが、ワンマン運転と無縁の都市部の通勤電車でも自動放送が常態化している。もっともそのおかげで、日本語だけでなく英語なども交えた「多言語化」は容易になった。

自動放送の仕組みとメリット

同じワンマン運転でも路線バスの場合、バス停を通過する度に運転士が手作業で放送を指示している。道路を走る場合、走行距離や車輪の回転数を基準にして正確な位置を知るのは難しそうだから、この方が確実だ。たまに放送忘れや放送遅れが起きるのは御愛嬌だが。

それと比べると、レールの上を走る鉄道は話が楽である。最初に基準位置が分かっていれば、そこからの車輪の回転数を計測することで走行距離が分かり、現在位置をリアルタイムで把握できる。といっても実際には、車輪の外径は磨耗や削正によって初期値よりも減ってくるので、ときどき位置情報をリセットする必要がありそうだ。

放送する内容の方は、定型文であれば事前にプログラムしておけばよい。すべての文章を個別にプログラムすると大変だから、実際には文章を単語、あるいはフレーズぐらいの単位で細切れにした部品を記録しておいて、それを適宜、組み合わせて放送することになるのだろう。

たとえば「次の停車駅は○○、お出口は△△側です」という放送であれば、細切れにした部品をつないで放送文を構成する際に、「○○」と「△△」の部分を停車駅ごとに取り換えていけばよい理屈である。

ただし、乗り換え列車の案内や運行情報の案内といったものは定型文で済ませるのが難しいから、それは乗務員の肉声でフォローすることになる。

おそらく、高速道路のハイウェイラジオも同じような仕組みを使っているのだろうが、文面を細切れにする際の切り方に問題があるのか、つないでひとつの文章を構成した際に変な日本語になっていることがある。おっと、閑話休題。

この自動放送、停車駅の案内だけでなく、駅の途中で使うこともできる。たとえば、中央本線の特急「ワイドビューしなの」では、名勝「寝覚ノ床」に列車が接近すると、自動的に案内放送が入る。以前なら車掌の肉声で案内していたところだろうが、接客などの事情で放送どころではないこともあるかもしれない。その点、自動放送なら漏れがない。

Windowsと液晶ディスプレイを組み合わせた運賃表示器

ワンマン運転におけるお約束のデバイスといえば、自動放送に加えてもうひとつ、運賃表示器がある。昔のワンマンバスでは方向幕と同様の巻き取り式を使用していたような記憶があるが(この辺、記憶があやふやである)、現在はLED式が一般的だ。次駅の表示は左端に設けたドットマトリックス表示で行い、区間ごとの運賃はズラリと並べた7セグメントLEDで行うのが一般的なスタイルだろう。

バスで使用しているのと同様に、整理券番号を使って表示するタイプ(弘南鉄道)

ところが、短距離の盲腸線だけではなく、それなりに距離がある地方幹線でもワンマン運転が常態化、さらに車両の運用範囲が広くなったことで、運賃表示器でカバーしなければならない区間が広くなった。それだけコマ数が増えることになるので、ときにはこんなものすごい運賃表示器が出現することがある。

ところが、その車両が走る全区間の駅名をカバーできるだけのコマ数が必要になるので、運用範囲が広い場合には、70コマもある表示器が出現することもある(JR西日本・キハ121)

もちろん、使用する場所に応じてコマ数が多い運賃表示器にしたり、コマ数が少ない運賃表示器にしたりするのだろうが、コマ数を固定的に決めてしまうという構造からすると、いささか柔軟性を欠くのは否めない。たとえば、車両が別の場所に転属したときにはコマ数が足りなくなって困るかもしれないのだ。そこで運賃表示器を取り換えることになれば、余分な費用がかかる。

それに、7セグメントのLED表示器を大量に並べれば、それだけ部品点数が増えるし、配線も複雑になりそうである。

といった事情によるものなのか、デバイスの低価格化によるものなのか、最近では液晶ディスプレイを使用するタイプの運賃表示器が増えている。さすがに1面では足りないので2面構成として、そこに乗車駅の駅名や運賃を表示する仕組みである。

液晶ディスプレイ式の運賃表示器(JR東海・武豊線のキハ25)

実はこれ、裏で動いているのは組み込み版Windowsであるらしい。Windowsベースだからといって、Windowsっぽい表示にする必然性はまったく存在しない。運賃表として最適なデザインを設定すればよい。デザインを変更したくなったときにはソフトウェアやデータの変更だけで済み、ハードウェアは同じでよい。

しかも、数字しか表示できない7セグメントLEDと違って、同じ液晶画面で運賃表以外の表示を行う応用も可能である。ドットマトリックスのLEDでは文字の表示ぐらいしかできないが、液晶画面なら静止画像(運賃のような文字情報ではないという意味)や、さらには動画像の表示まで可能だからだ。

このように、片面を運賃、他方を停車駅の案内、と使い分けている事例も存在する(IGRいわて銀河鉄道 IGR7000系)

果たして、運賃表示器でそこまでする必要があるかどうかについては議論があるかもしれない。それでも、いろいろと応用がきくというのは良いことである。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。