筆者の愛車も御多分に漏れず(?)カーナビ付きである。「ナビがないと何処にも行けない」というわけではないが、常に現在位置が分かるムービング・マップ・ディスプレイとしては有用だし、(たまに嘘をつくことがあるとはいえ)渋滞情報を把握する役にも立つ。
そのカーナビが自車位置を把握するための中核としているのが、GPS(Global Positioning System)である。自動車・艦船・航空機がGPSによる測位を活用するのは分かるが、決まったレールの上しか走らない鉄道でも、GPSを運転支援に活用している事例があるので、今回はその話を。
列車が現在位置を知るにはどうする?
本論に入る前に、「列車の運転士は、現在位置をどうやって把握しているのか?」という話を少し。
鉄道はレールの上を走るものだし、どこをどう走るかは、地上側で分岐器を切り替えて構成した進路に依存する。だから、運転士が曲がるべき場所を間違えて迷子になるという事態は起きない。しかし、カーブの速度制限、駅にさしかかったときの停車・通過の区別や停止位置の判断など、自車位置が分かっていないと行えない作業はいろいろある。
ともあれ、自車位置を判断する手段としては、前方の風景、線路脇に立てられた距離標(キロポスト)といったものを使用できる。また、最初に正確な場所を把握しておけば、そこからの車輪の回転数を使って走行距離を割り出すことで、現在位置を把握できる。ただし、車輪の直径(810mm、860mm、910mmといったあたりが一般的)は、摩耗や削正によって既定値よりも少なくなることがあるので、誤差が生じる点に注意が必要だが。
GPSなら位置も速度も分かる
そこで登場するのが、近鉄車両エンジニアリングが手掛ける「Train Navi」、いわゆる運転士支援システムである。外見はポータブル型のカーナビと似ているが、鉄道用に開発した製品で、列車の運転士を支援するための機能を盛り込んでいる 。
オペレーティングシステムにはWindows CE 6.0を使用しており、ちょっと強引に要約すれば「Windows CEベースのPND(Portable Navigation Device)を鉄道用にカスタマイズした製品」ということになるだろうか。(マイクロソフトの導入事例紹介ページ)
GPSを使用すると、現在位置の緯度・経度に加えて、移動しているときには速度も分かる。その緯度・経度の情報を線路上にマッピングすれば、急曲線、あるいは駅の手前といった制動操作を必要とする場所で、運転士に注意喚起することができる。その際に列車種別の情報を加味することで、通過駅と停車駅の区別をつけることもできる。
GPSを利用するということは、外部からの情報(GPSの場合にはNAVSTAR衛星)によって測位するということなので、車両側の改造、あるいは電源や配線の追加を必要としない。これが「Train Navi」の大きなメリットといえるかもしれない。トンネルのように測位できない場所が生じるのはGPSの難点だが、これについては、地上側に測位のための無線発信装置を追加することで対応している。
このシステムは近鉄やJR西日本で導入しているので、乗車の際に運転台の後ろで観察していると、具体的な動作内容を見ることができるだろう。
ちなみにJR貨物でも、同様のシステムを独自に開発・導入しており、こちらは「運転支援システム」(PRANETS : Positioning system for RAil NETwork and Safety operating)と称する。
双方向通信によって広がる応用
さらに、運転士支援システムの端末機に通信機能を追加して、地上側の指令所と双方向通信を可能にすれば、列車の現在位置を指令所にリアルタイムでレポートできる。運行障害発生の際に指令所で各列車の在線状況を把握するには、この機能は便利だ。区間単位ではなく、もっと高い精度で位置を把握できるからだ。
逆に、指令所から情報や指令を送ることもできる。たとえば、ダイヤが乱れた際の出発順の変更やホーム番線の変更、突発的な速度制限、運用変更などだ。従来は駅で紙の「通告券」を渡す方法で実施していた指示を、より迅速かつ確実に、しかも駅以外の場所でも送り届けることができる。
GPSを使った正確な測位と双方向通信の組み合わせは、本線上の列車の運転以外でも役に立つかもしれない。
たとえば、広い車両基地の中で、どの車両がどこにいるかを把握できれば、清掃や検修を担当する人は助かるのではないだろうか。もちろん構内作業ダイヤというものはあるから、事前の計画通りに事が運んでいれば、それに従って所在を把握すればよい。しかし、常に予定通りに事が運ぶとは限らないので、そうした場面でこそリアルタイムの在線把握は役に立ちそうである。
また、GPSを使って速度の変化をリアルタイムで把握・記録していれば、航空機におけるフライト・データ・レコーダーと同様の使い方ができそうだ。もっとも、速度超過は「後から記録する」よりも「未然に防止する」ことの方が重要ではあるが、速度超過していなくても、運転計画やダイヤを立案する際の参考データにはなるだろう。
執筆者紹介
井上孝司
IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切り口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。