本連載では「組み込みエンジニアの人材育成」をテーマに、日立アドバンストデジタルを例に、実際の現場で育成に取り組む人々に取材を行っています。

今回は、部長である池田さんに若手エンジニアの育成についてインタビューを行いました。

現在は、日立アドバンストデジタル(以下、日立AD)の横浜本部でテレビやBD(Blu-ray Disc)カメラ、液晶プロジェクターなどを対象にした組み込みソフトウェアの設計部隊を統括しています。過去には日立製作所の家電研究所(現コンシューマエレクトロニクス研究所)で、研究開発業務の経験もあります。研究所では、まずはLSIの回路設計から――それもアナログとデジタルの両方を手がけました。携帯電話の組み込み技術の先端開発に関わっていましたね。
『ひとつの技術の専門家に終わるのではなく、領域を広げることが大切』ということを入社時点から言われてきました。人的資源、開発環境ともにそれを可能にする職場だったのは幸いでした。このことは、次の世代のエンジニアを育てる上でも私の指針となっています。エンジニアであるかぎり、専門領域を究めることは必須ですが、それと同時に裾野の広い知見を身につけることも欠かせません。
幅広い知見のなかには、外国語を含めたコミュニケーション能力や、異文化を受け入れる姿勢も含まれます。なぜなら、これからの製品開発にはグローバルな視点が必要であり、少なくとも英語はエンジニアにとって必須の素養になるからです。
私自身は英語が好きで、若いときはビートルズを聴いてその歌詞で英語を覚えました。今もラジオ講座を録音し、通勤途中に欠かさず聴くようにしています。社内の英会話のサークルにも週に一度は顔を出すようにしています。毎日少しずつでも触れていないと、語学はなかなか上達しないものです。

3ステップのOJTで若手を育てる

エンジニアを育てる上での私の根本的な考え方は、『OJTを重視する』ということです。ただ単に仕事を通して物事を覚えるというだけでなく、本人の実力を見極めながら、それよりもちょっとだけ高いところに課題を設定してあげるということをいつも意識しています。

OJTには3つほどのステップがあって、最初は手取足取りで面倒をみます。当社では新卒入社後2年間は、先輩社員から指導を受けるという「指導員制度」を設けています。ちょうどこの2年間が最初のステップにあたります。

2つ目のステップでは、一人で課題に挑戦させてみます。この"独り立ち"の段階をクリアしたら、できるだけ早い時期に3つ目のステップに移ります。

3つめのステップでは、後輩や部下の指導を行わせます。人がいちばん伸びるのは、人に物を教えなくてはならない立場になったときです。後輩や部下をまとめながら仕事をこなすことで、その人自身の仕事のスケールが大きくなり、仕事の醍醐味も深まります。もちろん、後輩や部下のタイプはさまざまで、まさに十人十色です。それぞれのモチベーションを維持し、行き詰まっているときにどうサポートしていくのか――そういうチームマネジメントも学んでもらいます。OJTは、リーダーシップを養成するという意味でも重要な教育の場です。

叱らずに部下を育てる秘訣

基本的に私は部下を叱るタイプではありません。ほめてやる気を出させるといった方法のほうが私に向いていると思います。ただし本当に困っているときは、ほめてばかりいても問題解決とならないので、問題に細かいところまで介入するようにしています。ふだんは持ち上げながら、いざというときには助ける――その繰り返しですね。

問題に介入しなくてはいけないタイミングですが、これは進捗状況を管理していれば分かります。これには日ごろから積極的にコミュニケーションをとることが重要です。なかには困っているのに自分からアラートを出せない人もいますから。

「部下とのコミュニケーションが苦手」という人もいるでしょうが、私の場合は職場のコミュニケーションのきっかけをつくるために、みんなの家族構成や趣味、関心事をよく覚えておくようにしています。最初から仕事の話を切り出すのではなく、まずは「最近、クルマの調子はどう?」などといった軽い話題を持ち出して、それから仕事で困っていることを本音ベースで聞き出すようにしています。それから、つねに話の「ネタ」を仕入れておくことも大事です。

プログラム言語も現場で覚えたほうがよく身につく

部下であり、私が育成を行った今井君(次回登場)は私にとって"孫弟子"の関係に当たります。彼が入社2年目のころに関わった画像圧縮系の自社開発プロジェクトのことは、今でもよく覚えています。

あれは携帯電話にカメラが搭載され始めたころでしたが、画像処理のアルゴリズムを独自に開発するという課題を与えました。これは画像圧縮の際の画質やスピードの向上を目的としていました。

彼はもともとハードウェア志向で、入社時点ではプログラミングの知識はほとんどありませんでした。入社後にC言語を、そしてこのプロジェクトを通してアセンブラを覚えました。組み込み開発をなりわいとしている我々にしてみるとC言語も大切ですが、よりハードウェアに近いアセンブラに熟達しておくことは不可欠です。これはOJTのほうが身につきやすく、後々、融通が効くと感じています。

その後は直接指導する機会があまりなかったのですが、成長ぶりはたびたび報告を受けていました。現在のBDカメラのソフトウェア開発のプロジェクトでは、厳しい日程のなか先手先手で対策をうち、ほかの担当分野までサポートしながら結果を出しているようです。リーダーとしての成長ぶりを嬉しく思っています。

"育成した側"の池田さん(右)と"育成された側"の今井さん(左)

次回は池田さんから"育成された側"である今井さんが登場します。お楽しみに。

執筆:広重隆樹(編集工房タクラマン) / 編集協力:宮澤省三(エム・クルーズ)
写真:簗田郁子 / 取材協力:日立アドバンストデジタル

※ 次回は3月31日に掲載いたします。