自動車業界において注目を集めている技術の1つに「自動運転」がある。現在、世界中の自動車企業が、独自の思想に基づいた自動運転の技術開発に力を注いでいる。本稿では本田技術研究所(以下、本田技術研)で自動運転の研究を行っている横山利夫氏に、自動運転の現在とこれからについて語っていただいた内容を、前後編に分けてお伝えしよう。
なおホンダは、2013年10月 東京都で開催された「ITS(Intelligent Transport Systems:高度道路交通システム)世界会議 東京2013」にて、自動運転技術を初公開したばかりである。

"楽しい"移動を実現する社会へ

トーマス・パン氏(以下 パン氏):次なる自動車の革新的な応用として、自動運転に対する期待は大きな高まりを見せています。そこでまず、御社が考える自動運転とは何かについてお教えください。

株式会社本田技術研究所 四輪R&Dセンター 上席研究員 横山利夫氏

横山利夫氏(以下 横山氏):ホンダの「環境・安全ビジョン」には「"自由な移動の喜び"と"豊かで持続可能な社会"の実現へ」というものがあります。自動運転はまさに「自由な移動の喜び」を実現するための技術だと考えています。具体的には「安全・安心」「運転して楽しい」「使って楽しい」をお客様に提供すること。これがホンダの考える自動運転です。

パン氏:自動運転と聞くと、一般的には「運転手なしで自動的に連れて行ってくれる」だけというイメージですが、「運転して楽しい」をコンセプトにするのは、予想外で面白い考え方ですね。

横山氏:一般的に自動運転と聞くと、「目的地を設定すれば自動的に連れて行ってくれるもの」と考える人が多いと思います。ですが、私たちは「そんな移動をして、楽しいだろうか? 」と感じてしまう。単に目的地に連れて行ってくれるだけの車なんて面白くない。そんなのホンダの車じゃない。何しろ、他とは違うことをやりたがる社風なもので、社内からもそのような声が自然と出てくるんです(笑)。

パン氏:その辺りは、いかにも御社らしいお話ですね(笑)。

横山氏:もちろん「安全・安心」は大前提です。誰でも安全な運転ができるようにシステムがサポートする。その上で、運転状況に応じた最適な運転支援や代行を実現でき、それらを達成したあとに楽しさがうまれるのだと思っています。
例えば、ドライバーが高速道路の長時間運転で疲れているのであればシステムが運転を代行する。雨や雪で路面状況が悪いのであればブレーキや速度をシステム側で調整する。このように、人間が苦手とする部分、対処が難しい部分をシステムが補い、運転負荷を低減することで「楽しい運転」を提供できると考えています。

パン氏:「安全・安心」、「運転して楽しい」の他にもう一つ、「使って楽しい」というコンセプトがありますが、こちらはどのようなものでしょうか?

横山氏:それは、「上達する楽しさ」を提供することを意味します。ドライバーに対してインタビューやヒアリングなどを行うと、多くの人が苦手とする運転項目に、車庫入れと高速道路の合流があります。自動運転によるデモを体感してタイミングや感覚をつかめば、いつかは自分でもできるようになる……そうして運転が上達する喜びを知っていただきたいのです。
社内で自動運転について議論すると「何でもかんでも車がやってしまっては、人間が退化してしまう」という声が出てきます。車の運転を代行するのが自動運転である。その考え方は否定しません。ただ、運転が上達することで達成感が得られる、そんな自動運転があってもいいのではないでしょうか。

自動運転実現のために超えなければならないハードルとは

パン氏:個人的には、すぐにでも自動運転を実現してもらいたいと思っていますが、実現される時期はいつ頃になるとお考えですか?

横山氏:まず、何をもって自動運転とするか、その定義にもよります。
例えば、高速道路における自動運転であれば、実現までにそれほど時間はかからないでしょう。ですが、「設定した目的地に自動的に到着する」ことが実現されるのは、20年経った後でも難しいかもしれません。

プロトラブズ合同会社社長&米Proto Labs, Inc.役員 トーマス・パン氏

パン氏:実現のためのハードルはどの部分にあるのでしょうか?

横山氏:技術的観点で言えば、自分の位置を特定することが非常に難しいことがその理由です。
現在、カーナビや携帯で利用されているGPSの精度は数メートル、条件が悪いと数十メートル程度の誤差が生じます。一歩間違うと歩道や反対車線を走ってしまう。これでは、とても運転代行など任せられません。GPSより精度の高いSLAM(Simultaneous Localization and Mapping)という測定方法も検討されていますが、まだ不十分です。他にも、信号の判断や歩行者の認識など、まだまだクリアしなければならないハードルはいくつもあります。

パン氏:技術的なハードルの他には、例えば、規格や法律、交通ルールのような社会的なハードルの面ではいかがでしょう? 特に日本の場合、試乗実験などを行う場合でも、法律や規制の関係で実現が難しい部分もあるのではないでしょうか?

横山氏:半年くらい前までは、北米などと比べると、日本で一般道を使った実験は実現し難かった面がありましたが、現在は状況が変わっています。2013年11月9日、主要自動車メーカーが参加し、首相が国会議事堂前の一般道で自動運転の車に試乗する、という催しがありました。このようなイベントを実現するには様々な手続きを踏む必要がありましたが、この時は規制が緩和され、比較的楽に許可が降りました。

もちろん、法律、規格、保険など、一般向けに販売する場合には超えなければならないハードルは数多くあります。その部分は、今まさに官民が連携して検討している最中です

横山氏によると、自動運転技術の実現において実は日本は有利な環境にあるとのことである。その理由は何か? 次回、乞うご期待。

参考サイト

HondaTV Web「安倍首相が自動運転車の公道実証実験に参加」
http://www.honda.co.jp/hondatv/2013/ch-event1122/