自宅で温泉のような入浴体験ができるシステムバスルーム「SPAGE(スパージュ)」が、2014年8月にLIXILから発売された。お湯のベールが肩をなでる「アクアフィール(肩湯)」など、繊細な機能の数々が大きな反響を呼んでいる。いま、日本のお風呂文化は、どんな製品に辿り着いたのだろうか。同社 浴室事業部 浴室開発部 部長の浜田広一氏と、プロトラブズ合同会社 社長&米Proto Labs, Inc.役員 トーマス・パン氏による対談を、前後編でお送りする。
自宅で温泉体験を
トーマス・パン氏(以下パン氏):本日は「お風呂」という身近な製品についてお話を聞けるので、楽しみにして参りました。まずは、なぜSPAGEが生まれたのか、その経緯や背景を教えていただけますか?
浜田広一氏(以下浜田氏):大きく影響しているのは社会的なタイミングです。団塊世代の方々が退職されて、今後の人生はゆっくりしようという時期に差し掛かってきました。そんな時期だからこそ提供できるお風呂はなんだろうかと、2年前から検討を重ねて企画しました。全体のコンセプトは「スパ(温泉)」です。温泉好きな方は大勢いらっしゃいますので、自宅で温泉のような入浴を楽しめるお風呂を提供しようと考えたわけです。
パン氏:確かにSPAGEには「アクアフィール(肩湯)」など多くの機能がありますね。こうしたコンポーネントは既にあったのでしょうか。それとも今回の企画のために、ゼロから開発したのですか?
浜田氏:我々には地道に研究しているテーマが複数ありまして、アクティブシニア向けの製品開発を始めたとき、過去の研究から使えそうなものがないか改めて探しました。そこで、肩にお湯を当てることが身体にどのような良い影響を与えるかといった研究を見つけて、これはまさしく温泉気分を生む商品にできるとピックアップしたのがはじまりです。
お湯を自在に操る技術
パン氏:先ほど実物で「アクアフィール(肩湯)」を触らせていただきましたが、出てくるお湯の薄さに驚きました。あれほど均一に柔らかくお湯を出すには、かなり苦労をされたのではないですか。
浜田氏:もともと研究所の段階では肩の暖まりだけを考えていて、二つのノズルからお湯が別々に流れるという仕組みだったんです。それをもっとお客様が触ってみたくなるものにしたいと改良を始めたのですが、これが大変な作業でした。試した形状は100個以上です。3Dプリンターなどでお湯の通り道を何回も何回も試作して、このままでは発売できないんじゃないかというぎりぎりまで試して、なんとか間に合いました。
パン氏:並々ならぬこだわりがあったのですね。「アクアタワー(打たせ湯)」の方も触りましたが、こちらは見た目以上に勢いがありました。マッサージとして充分に気持ちよさそうです。
浜田氏:温泉の打たせ湯は高いところから出ているため自然にお湯が切れるのですが、家庭のバスルームでは天井高さに制限があるためそうもいきません。そこで部品に内蔵した羽根車でお湯を切って断続的に出すことで、心地よい打たせ湯になる工夫をしました。
パン氏:特別に圧力を上げているわけでは無かったのですね。
浜田氏:重力と水の切り方だけでやっています。断続的にお湯を出すということは、今はもう標準になっている「エコフルシャワー(節水シャワー)」でやっていたのですが、この技術を使えば、打たせ湯ができるのではと考え、挑戦したわけです。いずれの機能も、INAX時代から水をコントロールする技術を追求し続けているメンバーがいたからこそ、実現できました。
SPAGEという「部屋」
浜田氏:さまざまな入浴形態を楽しめる「空間」に仕上げたというのが、SPAGEの大きな特徴です。間接照明が浴室を柔らかく照らし、音響は入浴中の体勢で一番よく聞こえるようチューニングされています。さらに、映像は視野角いっぱいの広さで楽しめるようになっています。
パン氏:これはもう、お風呂というより「リラグゼーション&エンタテインメントルーム」ですね。
浜田氏:流れる水の音もまた心地よくて、小川のせせらぎのように感じていただけます。五感に訴えるような製品にできたと思っています。
パン氏:大きな特注スペースであればいくらでもカスタム機能を持たせられると思いますが、あえて1坪というユニットバスサイズで、一般の住宅でも導入できるようにしたのは、戦略的な背景があったのでしょうか?
浜田氏:そこが我々開発部隊の力の見せ所でした。お金持ちの方ならば、大きな空間で自分の好きなように設計することができるでしょう。それをぎゅっとコンパクトにして、限られた空間の中に多くの機能があり、しかもシステムバスなので工事も2、3日で終わる。いかに合理的に空間の中に納め、温泉気分を味わうというベネフィットを提供できるかが重要なポイントでした。
空間の価値を提供する
パン氏:従来のお風呂は「乾燥機があって洗濯物が干せる」といった便利さや機能重視のものが多かったような印象があります。しかし、SPAGEはスタイルを一貫していて、デザイン的にとても練り込まれていますね。
浜田氏:デザインと機能の両立は、かなりやり込みました。デザインが良いほど使いにくくなってしまうことが、往々にありますので。
パン氏:機能を追求しているとデザイン性が見えにくくなると思うのですが、両者を融合させる開発の仕組みはあるのでしょうか?
浜田氏:昔はそもそも人数が少なかったので、エンジニアがデザインまでやっていました。しかし、規模が大きくなるにつれ分業化が進み、コミュニケーションがうまく取れない時期もありました。ここ数年は開発にあたって、デザイナーとエンジニアがどんな物をつくるのか、すり合わせを行うワークショップを重ねています。また、お客様がどう使われているかという行動観察も開発にとって重要なポイントになっています。お風呂も単純に浴槽やシャワーといった「もの」をつくるだけでなく、その「空間」でどう楽しんでいただけるか、そこまで考えて開発をするスタイルにシフトしているというわけです。
パン氏:独立したコンポーネントの一つひとつのアセンブリーではなく、お客様に全体の空間として提案する。エンジニアリングもデザインも妥協せず、マーケティングサイドの見方までを統一して製品を完成させている点が、とても素晴らしいと思います。
快適な入浴を追求したSPAGEが世に出るまでには、技術面以外にも大きなハードルがあったという。後編では、その課題と解決を中心に対談をお届けする。