ソニーが2014年の5月に発売した「Smart Tennis Sensor」は、テニスラケットのグリップエンドに取り付けて、スイング速度やボールの回転量といったショットの情報を収集し、スマートフォン上で瞬時に可視化することができる。この全く新しい分野の製品は、どのような道のりを経て誕生したのだろうか? 企画開発を担当したソニーの中西吉洋氏と、プロトラブズ社長トーマス・パン氏との対談を、前後編でお届けする。
すべてはソニーの「オープンハウス」から
トーマス・パン氏(以下パン氏):この「Smart Tennis Sensor」は、どのようにしてコンセプトが生まれ、形になったのでしょうか?
中西吉洋氏(以下中西氏):最初のきっかけは、オープンハウスでした。ソニーには年に一回、エンジニアやデザイナー、プランナーが1,000人以上集まって、お互いにプロトタイプを見せ合う機会があるのです。
パン氏:言わば、開発途上のプロトタイプの社内展示会ですね。しかし、1,000人以上とは、ずいぶん大規模なオープンハウスですね。
中西氏:ええ。およそ3年前、私はプロトタイプをビジネスにするという立場で、そのオープンハウスを見に行きました。音響解析技術を応用するアイデアがいくつか発表されていたのですが、その中に、テニスセンサーのプロトタイプがあったのです。
パン氏:音響技術とテニスセンサーとの結びつきは、あまり明確であるようには感じられませんが、どのように繋がっているのでしょうか。
中西氏:もともとソニーは音質を良くするのが得意な会社ですから、波形を解析する技術やノウハウを使った次の展開を模索していたわけです。そのセンサーは、振動を解析してボールがどの場所に当たったか判別するというもので、会社のテニス部の後輩が作ったものでした。この時点では商品になるかどうか分からなかったのですが、とにかく面白いと感じて、開発を進めていったのです。
なぜソニーがテニスのセンサーを?
ソニー株式会社 UX・商品戦略・クリエイティブプラットフォーム SE事業室 ユーザーエクスペリエンスプランナー |
パン氏:御社には、このような開発途上の試作品を商品へとステップアップしていく仕組みがしっかり整っていると思いますが、今回の製品では何か特殊な点があったのでしょうか。
中西氏:厳密にフェーズが決まっているわけではありませんが、原理プロトタイプがあって、二次試作、そして量産試作という一般的なステップはあります。今回の「Smart Tennis Sensor」は、今までに無い新しいカテゴリでしたので、社内の体制をマネジメント側が調整してくれました。最初はチームから始まって、タスクフォース、準備室、そして事業化へと至ったわけです。
パン氏:なるほど、組織が少しずつ、ニーズに合わせて柔軟に動いていったのですね。スポーツセンサーという特殊なマーケットエリアへの参入についても、肯定的に受け止められたのでしょうか。
中西氏:確かに「なぜソニーがテニスに?」と思われるかもしれません。しかし、もともとソニーは「生活体験を豊かにする」という大きなコンセプトを掲げており、その中で"Play"というキーワードを発信していました。"Play"には、ゲームだけで無く、スポーツや音楽など、いろいろな"Play"があります。こうした背景から、スポーツセンサーはニッチだけれども、やる価値はあると判断されたわけです。
重さ10グラム以下を目指して
パン氏:このテニスセンサーのコンセプトが確立してからは、どのような部分に重点をおいて開発を進めて行くことにしたのでしょうか。
中西氏:まずは、このプロダクトの価値はどこにあるのか、絶対に押さえるべき所だけ見つけようと、シークレットで高校生やコーチを呼び、プロトタイプを試してもらいました。打った瞬間にセンサーが反応すると、皆、「おおっ!」と歓ぶのです。この歓びには何かある、と手応えを感じました。
プロトラブズ合同会社社長&米Proto Labs, Inc.役員 トーマス・パン 氏 |
パン氏:いま打った球が、ラケットのどの部分に当たり、勢いがどの程度だったか、その場ですぐに分かる。そこに感動があったわけですね。
中西氏:その後、オリンピックのコーチなど、いろいろな方にお話をうかがったのですが、高校生にヒアリングした時と同じく「その場ですぐに映像とデータが見られる」ことを極めて重要視されるのです。その機能を必ず押さえるように決めました。
パン氏:キーポイントをつかんだのですね。ちなみに、試作の段階では、センサーを付ける場所や大きさ、重さなどは決まっていたのでしょうか?このあたりも非常に重要なポイントのような気がします。
中西氏:場所については相当な試行錯誤がありました。はじめはセンサーをテニスラケットのシャフトに巻いていたのですが、これでは持った瞬間にバランスが崩れてしまいます。そこから、多くのパターンを作り、少しズレる、重い、と検討を繰り返しました。センサーの重さは「10グラム以下」と目標を定めて、最終的には8グラムを達成しました。
パン氏:この8グラムという重さは、そのまま試合に出られるぐらいのレベルなのでしょうか?
中西氏:一般的な使用感に、かなり近いところまで行けると思っています。いずれにせよ、重量8グラム以上の価値をこちらで提供できれば、ずっと付けて使っていただける物になると思っています。
パン氏:今後のユーザーのフィードバックが非常に楽しみですね。
開発はテニスコートの上で
パン氏:開発で一番苦労されたところは、どのあたりなのでしょうか?
中西氏:「プレイの邪魔にならなくて、きっちりしたものをつくる」というのが、一番苦労したところですね。新しく装着するものなので、何かしら違いは生じてしまうのですが、それをできるだけ最小限に抑えようと「軽く」「小さく」「固定可能」「脱着可能」にこだわりました。充電器の一部が栓抜きのようになっており、センサーをラケットから取り外す時に使用すれば、女性でも力を入れずに外すことができます。
パン氏:この充電器はそのための形なのですね。面白い形ですが、射出成形としては難易度が高そうですね。こうした成形に加えて、この小さな本体の中に電子系統の全てが収まるように構築しなければならないとなるとさらにハードルは上がると思います。そのあたりは、どのような工夫があったのでしょうか?
中西氏:我々は小さいものを作り続けてきた会社ですので、電子基板の高密度設計にはノウハウが結集しています。ただ、問題の一つはアンテナでした。人が遮ると電波が吸収されてしまうのですが、テニスラケットには「構えて」「振りかぶって」「振る」と多くの動作があります。それぞれの動作をすべて計測して、アンテナの配置をどうすれば電波がどこまで飛ぶのか、毎日テニスコートに行って、実験を繰り返しました。
パン氏:テニスのように、動きが速くて、さらにいろいろな角度や位置シナリオを考慮しなければならない動的な計測は、難しそうですね。そのうえ、このように得たデータの解析は、センサー側ではなく、受信側スマホのアプリで行うわけですよね。ほぼリアルタイムで収集・送信するのですから、パケットサイズの圧縮や調整などにもご苦労があったと思うのですが。
中西氏:その通りです。ショットを打つ間隔から計算した最適なパケットの送信方法などには、弊社のモバイルファームウェアのノウハウが詰まっています。
パン氏:それは御社が得意とするところですよね。さすがです!
「Smart Tennis Sensor」の対談後編では、ソニーのデザインに対するこだわりから、ユーザーからの反響、そして将来の展開についてお伝えする。