世界初の全天球カメラ「RICOH THETA」の開発責任者である生方秀直氏と、プロトラブズ社長トーマス・パン氏との対談。後編となる今回は、THETAのコア技術がもたらす応用について話が進んだ。

見られなかったところを見せるためのカメラ

株式会社リコー コーポレート統括本部
新規事業開発センター VR事業室室長
生方秀直氏

トーマス・パン氏(以下 パン氏):THETAを持っていると、実際に何を撮ろうか、いろいろな想像が膨らみますね。例えば、サッカーボールの中に入れて、蹴った瞬間に360度画像が撮れたら、とても面白い写真になると思います。ボールの観点というのはありえないアングルですし、本格的なスポーツチームの場合には、ボールを中心とした選手の動きやポジショニング分析にも使えるでしょう。

生方秀直氏(以下生方氏):何かに仕込むのは面白いですね。見られなかったところを見せるためのテクノロジーということで、非常に応用が利くと思っています。例えば医療分野では、口の中の写真をTHETAで撮影した歯科医の方がいらっしゃいます。咥内環境はどうなっているのか、相対的な歯の位置関係を見渡せるツールは、今までなかったそうです。

パン氏:医療分野でもアイディア次第で活用できるという例ですね。

生方氏:そうですね。図らずも多種多様な企業のお客さまから、全天球イメージをこう使いたいというお問い合わせを頂いています。不動産の物件紹介や観光地の宣伝のために、既に利用されている方もいらっしゃいますね。

パン氏:私も写真好きですが、従来の写真撮影では、平面を選択して撮影するため、当然空間の一部の情報しか切り取れず、全体の画像情報を撮りたい場合には、あまり効率が良いとは言えませんでした。でもTHETAならば、その空間を丸ごと簡単に撮って、選択部分をズームしながら人に見せることができる。それはとても効率的ですし、気が付かなかった被写体や、意図せずに素敵な表情などが写っていたりすると、感激するでしょうね。

全天球カメラ「RICOH THETA」

ところで、撮影時はTHETAの傾きなどに気を付けなければ、良い画像は撮れないのでしょうか?

生方氏:いえ、自動で天頂補正をしますので、斜めにしても撮れます。持った時にパッと撮れるわけです。

パン氏:まるで魔法の杖みたいですね(笑)。そういった何千という応用が出てくる中で、リコーさんには将来に向けた応用の開発の方向性を示すことが期待されるようになると思うのですが、その点はいかがでしょう?

生方氏:当然、企業ですので、最終的に事業化するための採算性が必要です。とはいえ、いまは初期段階ですので、ビジネスのラインとは別に、このコア技術を広げることも進めています。判断基準は、世の中への貢献の程度ですね。今までできなかったことが、こんなにもできるようになる。そんなプロジェクトを、積極的にやっていこうと思っています。

パン氏:お話を聴くまでは、単に「360度撮れるカメラ」という認識でしたが、今回、お話をうかがって、これまで考えられなかったところに活用される可能性が秘められた技術だと確信できました。THETAだけでなく、別の機能を持つハードウェアとTHETAで撮影された新たな映像に命を吹き込めるような多面体ソフトウェアをさらに組み合わせることで、これまで予想だにしなかったものも生まれてくるでしょう。21世紀最先端のものづくりがここにあると思います。

生方氏:映像体験が進化していく伸びシロは、まだまだあると考えています。われわれは全天球撮影という新たな映像体験を提供したわけですが、そこはまだフロンティアなんです。

ベンチャー的な「つくる」プロセス

プロトラブズ合同会社社長&米Proto Labs, Inc.役員 トーマス・パン氏

パン氏:今回、THETAで成功したことで、社内の今までのものづくりプロセスが見直されるようなことはあるのでしょうか?

生方氏:成功と呼ぶには、まだこれからかとは思いますが、われわれのチームそのものが、いい意味でベンチャー的なものづくりをすることができました。商品化を決定したのは2012年9月で、そこからわずか1年で、本体をつくり、アプリをつくり、Webページをつくるという、劇的な開発を実現しました。そして、安定した品質で市場に供給できています。

リコーには着実に商品化プロセスを進める企業文化がありますが、今回の取り組みを通じて、「ちょっと違うやり方を認めてくれるポテンシャルがある」ということを社内の人間に示せたのは大きいと思います。

パン氏:1980年代のことですが、私はアメリカでリコーさんにお邪魔する機会がありました。モノクロコピー機全盛の中で、カラーコピーの技術開発を積極的に推し進められていて、その頃から、非常に先進的な技術企業というイメージがありますね。

生方氏:ありがとうございます。われわれ自身がそれを証明していきたいと思うのですが、私は日本の「ものづくり力」が落ちているとは考えていません。個別に話していると、アイディアを持っている人はたくさんいます。下手になったのは、世の中への打ち出し方じゃないでしょうか。昔は、「とりあえずやってみればいいじゃない」というムードでした。今はそれが、「何台売れるんだ」と言われ、決まったことしかできなくなっています。企業の裁量の中で、一定量チャレンジしていく。当たるかもしれないし、当たらないかもしれない。こうしたほうが、会社が活性化しますし、ひいては社会も楽しくなると思います。

楽しむことが生み出すものづくり力

パン氏:そもそも、THETAの誕生自体も「場を共有することは楽しい」というコンセプトからでしたね。お話をうかがっていると、一貫して「楽しむ」ことがテーマである気がします。

生方氏:まさにそうですね。本質的に、やりたいことを追っかけた方が人間は誰でも力が出ますので、そういうテーマをいかに設定するかが鍵だと思います。

例えば、THETAのユーザーの中には、ハンググライダーの先に取りつけたり、クアッドコプターに搭載したりして、航空写真を撮影している方がいます。また、ヘッドマウントディスプレイ用のビューワーソフトを開発された方もいます。それを使うと、THETAで撮った写真の中に入って、上下左右いろいろ眺めることができるという、ホットな映像体験ができるんです。

パン氏:それは凄いですね。メーカーが柔軟性の高い製品を作り、ユーザーがそれを創造力豊かな使い方で展開する。これは、将来のものづくりの在り方を示す1つの良い見本になりますね。

生方氏:最近話題のメイカーズムーブメントの中で、デジタルガジェットを自分流に料理できる方が、どんどん増えています。今後、リコーが未開拓の分野に進出する上で、既存の企画設計プロセスだけでは通用しなくなるでしょう。企業の目標に応じて、やり方を進化させていく必要があります。私としては、こういった「楽しむ」ものづくりを、個人だけでなく、企業単位でもっとできれば良いなと思っています。