プロトラブズは米国Proto Labs, Inc.100%出資の日本法人として2009年に事業を開始した。ITを駆使した短納期システムにより、ネットでたのめる射出成形および切削加工による樹脂や金属パーツの試作と小ロット製造メーカとして、日本全国の開発者からオンラインでカスタムパーツを受託している企業である。その社長であるトーマス・パン氏は、第二の故郷とも呼べる日本において、ITを用いたものづくりを如何にして普及していくかについて模索中である。 そこで、ものづくりに関わる様々な人に会い、意見を交わし、日本におけるものづくりの近未来の姿を想像しながら、今なにができるかについて考えようというのがこの企画の主旨である。
第一回目となる今回は、その著書にパン氏が深く感銘を受けたという、東京大学教授 藤本隆宏氏を訊ね、話を伺うこととなった。
<対談者> 藤本 隆宏氏 東京大学 大学院 経済学部 経済学研究科 教授
ハーバード大学上級研究員、独立行政法人経済産業研究所ファティカルフェロー等を歴任。現在は、東京大学経済学研究科ものづくり経営研究センターのセンター長を務める。トヨタ生産方式をはじめとした製造業の生産管理方式の研究で知られる。著書として「ものづくりからの復活―円高・震災に現場は負けない」(日本経済新聞出版社発行)などがある。
「3Dプリンタ」や「IT」の活用など、日本の製造業に大きな影響をもたらす技術をどう扱っていくべきなのか。現場の目線から製造業を読み解く東京大学教授の藤本隆宏氏と、ネット経由で射出成形サービスを行うプロトラブズ代表のトーマス・パン氏が、日本のものづくりの新しいあり方を探る。
現場から生まれる日本型の草の根イノベーション
トーマス・パン氏(以下 パン氏): 私達、プロトラブズはITを使って、日本のものづくりに貢献していきたいと考えています。そこでお伺いしたいのですが、急速に変化している市場の中で、現在の日本におけるものづくりの環境は、どのような状況にあるとお考えでしょうか?
藤本隆宏氏(以下 藤本氏): まず、ものづくりとは、「顧客に向かう設計情報の流れをつくる企業活動の全体」のことだと、私は考えています。従来日本の下請企業は、つくる技術はあっても、それを何のためにつくるかまでは知らないことがありました。例えば、精巧なネジをつくっていても、それがロケットに使われていることまでは知らない、ということがよくあります。つまり、設計という概念が希薄だったのです。 しかし、中小企業が、「顧客の顧客」がそれをどう使ったかまでをよく考え、「よい設計に貢献する」という意識を高めれば、中小企業の現場でも小さなイノベーションがもっと沢山生まれてくるでしょう。
パン氏: そのイノベーションとは、具体的にどのようなことでしょうか?
藤本氏: 例えば、高度な「磨き」の技術を持つ会社があるとします。その技術は素晴らしいのですが、もし彼らが自分たちの技術が最終ユーザーにどう使われているかをよく知らないとすると、言われた通り部品を磨くだけであり、技能は高まるが草の根イノベーションが生まれにくい。しかし、設計から流通までの流れを理解できていれば、その技術を活かして新しい製品を生み出すことができます。ITもその様な「流れの共有」に役立てるべきものです。 新潟のある会社は、「磨き」の技術を使って、チタンやステンレス製のビールグラスをつくりました。グラスの磨きの具合で美味しい泡ができて、発泡酒がビール並みにおいしいそうですよ(笑)
パン氏: それはぜひ、味わってみたいですね(笑)。つまり、現在の日本においては、現場のノウハウとITを同時に活用する事で、新たなイノベーションが起きているという事でしょうか?
藤本氏: 逆に言えば、設計情報の「流れ」を育て、皆で共有するようなITが必要なわけで、ITが入ればそれでよいという話ではありません。それともう一つ、特に地方の企業に見受けられるのですが、「地元の雇用を守る」という強い意志によって、イノベーションが生み出されているという側面もあると感じています。 リーマンショックの後、彼らは不況と円高で大変な目に遭いました。でも、地方密着している企業などは、その土地の雇用を支えているようなケースも多くあります。親子二代に渡って、その企業に勤めているような人も大勢います。本来なら人員削減しなければならない状況でも、簡単には減らせない。人を減らせないのなら、これはもう新しい仕事を生み出すしかないのです。 日本には「ベンチャーを興して儲けてやるぞ」という人が他の国と比べて少ないので、技術革新が弱いといわれています。確かにそれは一つの課題です。しかし、日本的な小さなイノベーションは、「仕事を創って生き残るのだ」という執念を持つものづくり現場で生まれているのです。 彼らはときにラインの生産性を2倍、3倍に向上させ、徹底的に現場を効率化し、同時に雇用の埋め合わせをする新たな仕事を見つけて来る。雇用・利益の確保のために、社長は四六時中、新しい企画、新しい製品を考えています。そのような企業は大抵、社長室が現場の二階にあります。現場の様子を見ることで、経営に現場のロジックが入ってきます。そこに、ITを利用して設計から流通までの流れを把握することができれば、より多くのイノベーションが生まれてくることでしょう。
パン氏: 実は私の部屋も工場の二階にあり、窓越しに様子を見ることができます。先生から、そのようなお話を伺えると、とても心強いです。我々も更なるイノベーションに取組み続けなければならないと実感しています。
新たな潮流である3Dプリンタの登場。プロの勝負は今から始まる
パン氏: 近年、開発の分野で「3Dプリンタ」によるものづくりに注目が集まっています。藤本先生は、3Dプリンタが日本にもたらす影響をどのようにお考えですか?
藤本氏: いまマスコミ等が注目しているのは、「楽しみ」の世界での3Dプリンタ活用だと思います。ものづくりが身近になって、これまでものづくりができなかった人が、できるようになる。好きな形のコップを作ったり、好きなキャラクターのフィギュアを作ったり、そうして人生を楽しめることは、極めて素晴らしいことです。 ただし、ものづくりのプロの世界、産業の世界では話が別です。まず、樹脂成型などの 少量生産においては「大物」対応と高速化がポイントではないでしょうか。少量品は大物が多く、また小ロット化には生産速度が影響するからです。一方、大量生産では、金型製作などへの応用が焦点となっています。
パン氏: 3Dプリンタは確かに造形できる形状の自由度は大きいですが、何百何千と積層して作っていくので、製品としての耐久性などに不安はないのでしょうか。私は、そこの課題も大きいと思っています。
藤本氏: おっしゃる通り、3Dプリンタは利点も多いが課題も多い。いずれにせよ、ものづくりのプロの世界では「使いこなせた者の勝ち」となるでしょう。現在でも、少量生産、大量生産の両面で水面下でさまざまな動きがあると思います。 例えば、一品生産の鋳造を行うある企業では、砂型を3Dプリンタで直接作ろうとしていますが、そのためには、ITの知識だけではなく、樹脂や凝固剤や砂といった「モノ」について熟知している必要がある。モノに精通したプロでなければできないことです。
パン氏: 大切なことは、3Dプリンタとリアルな製造の現場を繋げて、大きな付加価値を創造するということ。それができて「勝ち」という事ですね。
IT技術がもたらす生産性の向上
パン氏: これからの日本のものづくりには、スピード感が大切だと言われています。私達のお客様も、スピード感を重視し、そこに価値を見出している方が増えてきています。 従来の射出成形だと、直接会って図面を見ながら話し、それから製作に入るという段取りでした。それを私たちの仕組みでは、インターネットを使って3次元データをアップロードして、その後電話やメールなどの遠隔手法だけで完結できる流れにしています。 ただ、一方で、「早くて便利なのはいいが、ネットでは不安だから、やっぱり設計図を見て打ち合わせがしたい」とか「昔からやっている仕組みと違うから、できない」ということでスピードメリットを利用できずに躊躇しているお客様もいらっしゃいます。
藤本氏: 確かに、昔から行っている仕組みを変えることはなかなか困難です。例えば、古参の設計者の中には3次元CADデータよりも、二次元の三面図の方が立体的なイメージがわく方もいます。でも、三面図では、設計者にしか理解できません。 3次元CADは、90年代後半から普及していきました。3次元の画像を見れば、専門家でなくても、立体的なイメージが掴めるようになります。そうなると、生産現場の人からも部品設計の製造性(作り勝手)などに関して、どんどん意見が出てくるようになります。 例えばあるメーカーでは3DCADを導入してから、「これじゃあ型から抜けない」「これはコストが倍になる」といった、現場からの指摘が凄い勢いで来るようになったそうです。そうやって設計段階から改善できるので、試作品の精度がどんどん上がっていきました。 この事例のポイントは、工場と設計がよく会話をするというカルチャーが既にある会社や現場に、3次元CADの技術が入ったということです。このように、ITを使いこなす能力や流れ意識を共有する風土があるところにITがやってくると、効果は倍増します。
パン氏: 確かに、試作を作る回数は日本よりも米国の方が多いのですが、その試作品に求める精度という点では日本の方が高く、試作を行う前の設計チームにおける3次元データの完成度では優れているように感じます。これは日本のものづくりがITを使いこなしている、 ということになるのでしょうか?
藤本氏: アメリカのように分業で組織を細分化してしまうと、「流れ」を共有するものづくりITは、日本のような効果は出しにくいでしょうね。逆に、日本のものづくり現場に合ったITを開発できれば、現場の生産性はさらに向上します。
藤本氏の語る「日本のものづくり現場に合ったITの活用とは」とは何か?
次回、後編も乞うご期待。
プロトラブズ合同会社
米国Proto Labs, Inc.100%出資の日本法人として2006年に設立され、2009年に事業を開始。独自開発のソフトウェアとITを駆使した短納期システムにより解析から製造まで大幅な自動化をはかり、射出成形および切削加工による樹脂や金属パーツの試作と小ロット生産を日本全国の開発者からネットで見積り・受託し、安定した短納期で出荷している。日本向けの生産はすべて、神奈川県の自社工場で実施。
トーマス・パン氏
「プロトラブズ合同会社」社長&米Proto Labs, Inc.役員
89 年にUniv. Southern Californiaにて高分子化学の博士号を取得し、同年米3D Systems Corporation入社。同社の3Dプリンタ向けの光硬化性樹脂材料の研究開発職から1995年米Ciba-Geigy社の3D造形テクニカルセンターの技術長職を経て1999年3D Systems Corporationの日本事業担当部長として来日し、日本の3D造形マーケットを開拓。2002 年に株式会社スリーディー・システムズ・ジャパンを設立し、代表取締役社長就任。2009年よりアジア太平洋事業ゼネラルマネージャーを兼任。2010 年11 月から現職。高校卒業まで日本で過ごし、日米での生活は「人生のほぼ半分ずつ」。1960 年東京生まれ。