浜辺で子供達が使うプラスチック製のバケツの側面がなぜ、垂直でなく斜めなのか、と改めて考えてみたことはありますか。水を運ぶこととは関係がなく、実は、この斜めの勾配が、世界中の子供たちに人気のある砂のお城作りに役に立つからです。湿った砂であってもけっこうもろく、砂に含まれる水分による表面張力は、砂をはじめとするさまざまな粒子を一時的に固化させる程度の強さしかありません。強めにゆすってしまうと、せっかくの固まりは崩れ、砂の粒子をくっつける表面張力は、砂をバケツの内側に貼り付かせる作用もするため、バケツの側面が垂直だと、逆さまにしても強くゆすらないかぎりは、バケツの側面に砂が貼り付いたままになってしまいます(図1)。そして強くゆすれば、固まりではなくバラバラになった砂が落ちてくるということになるのです。
図1:側面に勾配がついていないと、砂に含まれる水分の表面張力によって型の側面に接している砂が貼り付いてしまうため、型を逆さまにして、砂の城のパーツを取り出そうとしても、砂がバラバラになって落ちてしまいます。同様に、樹脂パーツの場合にも、金型の開口方向と平行な面については、抜き勾配をつけて、パーツを取り出す際のかじりや損傷を防ぐことを考える必要があります。 |
勾配のついた普通のバケツの場合は、砂の固まりがバケツから抜ける際に、バケツの壁に引きずられることなく、まっすぐ離れていきます。接触面が少なければ、バケツと砂の間の表面張力が弱くなり、摩擦も少なくなります。そして、摩擦が少なければ、バケツをゆする必要がなくなります。バケツを逆さまにして底を軽くポンと叩くだけで、固まりとして取り出せることになります。この方法で取り出せれば、多少砂粒がバケツに残ったとしても砂の城を築くためのパーツをきれいに取り出すことができるわけです(図2)。
図2:砂の城のパーツをバケツの型から抜くことは、金型の仕組みと似ていて、抜き勾配が特に重要になってきます。全ての垂直面に対して、少なくとも0.5度の抜き勾配をつけることで、パーツをスムーズに取り出すことができるようになります。 |
これと同じ原理が射出成形による樹脂パーツの設計にも適用されます。射出成形で作られる樹脂のパーツは、砂浜の砂のように崩れることはもちろんありませんが、パーツが金型から抜けるときに側面が引きずられれば、樹脂は金属製の金型よりもはるかに柔らかいため、形状は保ってもその表面には傷がついてしまう可能性があります。したがって、パーツに金型の開口方向と平行な面がある場合には、その形状が単純であっても複雑であっても、その面に対して抜き勾配をつけたほうが良いことになります。
砂の城のパーツを作るために使用している樹脂のバケツそのものがわかりやすい例でもあります。バケツは砂に対しては型の役割を果たしていますが、バケツ自体は射出成形で作られています。バケツの外側の面は金型の固定側、内側は可動側で成形されます。樹脂は冷却にともなって収縮するため、表面にシボなどがなければ、バケツを外側の金型(固定側)から取り出すことは容易です。シボがある場合には、シボが微小なアンダーカットになりますので、表面の損傷を防ぐために抜き勾配の角度をさらに大きくする必要があります。軽めのシボ加工(PM-T1)の場合には3度、中程度のシボ加工(PM-T2)の場合には少なくとも5度の抜き勾配が必要になってきます。
※プロトラブズのシボ加工についてはこちらで詳細を紹介しています。
樹脂は冷めて固化するときに収縮しますが、その収縮によって可動側の金型にパーツが貼りつきます。貼りついているパーツを可動側の金型から外すためにエジェクターピンでパーツを押す必要があります。設計段階でパーツに抜き勾配をつけ、シボを避けるようにすると、パーツは金型から離型しやすくなるため、成形品の品質向上を実現できます。
今回、例として取り上げたバケツはコップに置き換えて考えることができます。持ち手をつけるのであれば、外表面から外側に付き出すような形状を付け加える必要があります。バケツとして成形する場合は、取っ手をつけるための穴を開ける必要があるかもしれません。このような形状はアンダーカットになるため、スライドを使って形成することになります。スライドの開口方向に平行な面にも抜き勾配をつける必要があります。
※スライドや置き駒、無理抜きなどを考慮してパーツを設計するにあたっての解説を「図解 樹脂部品設計 Vol2」 でご紹介しています。PDFファイルはプロトラブズのこちらのサイトからダウンロードできます。
*注: 砂の場合には5度以上の抜き勾配が必要ですが、樹脂の場合には0.5度から2度程度で充分です。
ご参考:
■プロトラブズ樹脂部品設計ガイド ■ProtoQuote®無料解析&見積り
本コラムは、プロトラブズ合同会社から毎月配信されているメールマガジン「Protomold Design Tips」より転載したものです。