品質リスクを考慮したプロジェクトの進め方とは?
前編では、品質リスクが存在していたが、品質リスクを考慮したプロジェクトの進め方をしなかった為に、問題が発生したプロジェクトを紹介した。
ご紹介した事例では、要件定義工程及び設計工程などの上流工程の品質リスクを考慮した進め方が十分でなかった。具体的には、要件が漏れない管理をする、各工程で要件を成果物に正確に記述する、成果物に対する効果的なレビューを行う、などの活動が不十分であり、上流工程の品質リスクを考慮して、以下のことを実行すべきであったと考えている。
- 要件の管理方法を工夫する
- 成果物の記述方法を工夫する
- レビューの進め方を工夫する
では、次項以降で、上記3点について紹介する。
要件の管理手法を工夫する
今回のプロジェクト事例においては、要件定義工程をコンサルティング会社が担当し、設計工程以降をSIベンダーが担当した。要件の漏れや誤った解釈を防ぐためには要件定義工程を担当したコンサルティング会社やSIベンダーが設計工程以降も担当することが理想であるが、なかなかそうもいかない。担当が変わろうが、要件の追跡性の確保は必要である。
そこで、要件の追跡性を確保する管理手法を紹介する。ポイントは次の2点である。
- 上流工程~下流工程において、追跡が必要な成果物を定義する
- 各工程において、成果物間の垂直方向と水平方向の追跡性を管理する(図1を参照)
この管理手法により、要件の追跡性及び仕様変更が発生した場合に垂直方向、水平方向のどの成果物に影響があるか2次元の管理が可能となる。
上手く活用し効果をあげるには、追跡性を確保する範囲を決めた方がいい。例えば、要件の確定度合いが低い機能、インタフェースを伴う機能などへの適用が適当だろう。今回のプロジェクト事例では、サブシステム間の連携などグレーゾーンとなる領域に限定して適用することで品質リスクを回避できたはずだ。
最近は、市販ツールとして、要件管理ツール、追跡可能性マトリックスツールも発売されている。活用してみてはいかがだろうか。
成果物の記述方法を工夫する
読者諸兄は、「W字モデル」(図2参照)をご存知だろうか?
「W字モデル」は米国のソフトウェア技術者であるAndreas Spillner 氏が提唱したモデルである。このW字モデルは従来から使用されているV&V(Verification and Validation:検証及び妥当性確認)技術を基本にしたモデルで、一般的に知られているソフトウェア開発のV字モデルに並行して品質プロセスが追加されている。
V字モデルでは実装を経た後、後半にテスト設計、テスト実施に取りかかるが、W字モデルではテスト設計をすべて前半に移し、後半ではテストの実施のみ行う。前半にテスト設計を行うことで以下のいくつかのメリットが得られ、品質リスクを軽減できる。
- テスト項目を上流工程で考えることにより、要件の矛盾点や抜け・漏れを防ぐことができる
- 要件とテスト項目の追跡性が確保できる
- 上流工程でテストの難しさが把握でき、早めにテスト作業の進め方を模索できる
このW字モデルをシステム開発に適用し、上流工程で作成する同一成果物の文書中にテスト仕様と課題を盛り込む(図3参照)。このような工夫により、要件とテスト仕様が一元管理され、さらに課題の追跡が可能となる。
前回ご紹介した事例でこの手法を適用していたら、設計漏れを早めに察知でき、品質リスクを回避できた可能性が高い。
レビューの進め方を工夫する
システム開発における欠陥除去技術は、上流工程では品質レビュー、下流工程ではテストになる。2つの欠陥除去技術は除去する欠陥の種類が異なっており、補完関係にある。それぞれの工程できちっと欠陥を取り除かなければ、欠陥を残したまま、本稼働へ突入ということになってしまう。
今回の事例においては、システム間結合テストで欠陥除去が行われたため、欠陥が混入したまま本稼働突入という最悪の事態は免れたが、欠陥の混入工程は上流工程であり、上流工程で欠陥除去ができずに下流工程まで持ち越された。欠陥除去コストの面からは好ましい結果とはいえない。理想は、上流工程で欠陥除去が行われるべきである。
本項では、上流工程の欠陥除去に有効なレビュー技法を考えてみたい。上流工程のレビュー技法について整理すると以下の関係となる(図4参照)。
インスペクション、ウォークスルーなどのレビュー技法は多くのプロジェクトで活用されているが、コスト面および公式性も中程度のパスアラウンド技法の活用度は低い。
上流工程の実施時期はプロジェクトの立ち上げ直後ということもあり、プロジェクトメンバーのスキル把握が十分でないケースが多く、レビューが正しく行われたかの判断が難しい。そこで、パスアラウンド法をレビュー技法として加えることで、技術専門化や業務の専門家などからさまざまなコメントが得られ、上流工程のレビューを補完することができる。
今回の事例では、上流工程を担当したコンサルタントによるスポットレビュー、類似サブシステム経験者のレビューを活用することで、品質リスクを回避できたと考えている。
まとめ
前後編を通じて、品質管理について説明をおこなった。品質が低いと本稼働後、即クレームにつながり、システム開発を担当した会社は信頼を落してしまう。そのような事態に陥らない為にも効率的かつ効果的な品質管理は欠かせない。今回の執筆が、読者諸兄の日頃からの悩みである「品質の良いシステム」作りに役立つことを願っている。
執筆者紹介
祖慶勉(SOKEI Tsutomu) - 日立コンサルティング シニアマネージャー
国内大手SIベンダー、国内大手航空会社の情報システム会社、外資・国内系コンサルティングファームを経て、2008年より現職。製造業、流通業、官庁のシステムを対象に、プロジェクトマネジャー、アウトソーシングコンサルティング、ITコンサルティングを数多く経験。監修者紹介
篠昌孝(SHINO Masataka) - 日立コンサルティング ディレクター
国内最大手のファイナンシャルグループで、BPRプロジェクトや、数多くのEコマース構築プロジェクトにて、PMを歴任。2001年に外資系大手コンサルティングファームに入社、主にERP導入や、SOA技術を駆使した大規模SIプロジェクトを成功に導いた。同社のパートナー職を経て、2007年より現職。