ミッションコントロールの位置づけ
前回からスタートした『"PM力"向上に効く、6つのケーススタディ』。その最初のテーマは「ミッションコントロール」である。
ミッションコントロールは、PMBOK準拠の弊社方法論PMM※1の中で、Program Managementを実行する際のオプションとして、スコープ管理やコミュニケーション管理の中に位置づけられるものである※2。プロジェクト管理とは別の領域に定義されるものだが、PMO※3の活動と密接に関連する。
※1: Hitachi Consulting Program/Project Management Methodology
※2: あくまでもPMMの中で定義しているものであり、PMBOKで定義されているわけではない。つまり、ミッションコントロールという言葉、考え方自体、弊社が、新しく発信している。
※3: Program/Project Management Office
図1を参照頂くと分かりやすいかと思う。プロジェクト管理にプラスしてミッションコントロールを設けることで、複数プロジェクトを管理していく仕組みを強化している。
今後、ビジネスにおけるITシステムの重要度が増していくにつれ、企業の大きな方針の下で複数システムを同時に構築する機会も増えていくはずだ。そうした状況下においては、統一的なプロジェクト管理を実施するだけではなく、個々のプロジェクト管理自体を側面支援し、全てのプロジェクトを成功に近づけることが必要になる。その際に有効なのがミッションコントロールである。
ミッションコントロールの必要性
読者諸兄の中には、システム開発を中心としたプロジェクトを豊富に経験されている方が多数いらっしゃると思う。そこで今までの経験を振り返って頂きたい。
例えば、プロジェクト憲章を作成し、プロジェクトを計画し、プロジェクト管理を実施したにも関わらず、プロジェクトを完遂した際に満足な結果を得られなかった経験はないだろうか? 逆に、同じプロジェクト管理方法でも十分に満足できる結果を得られた経験はないだろうか?
このように、システム開発のプロジェクトにおいては同じPMがプロジェクト管理を実施しても、結果に差がでてしまうのが世の常である。昨今、増加してきている複数プロジェクトを管理するケースでは、より事態が複雑化していくことは想像するに難くないはずだ。そんな状況(今回紹介する事例)において、弊社は、全体PMOという立場でプロジェクトを成功に導くために、"プロジェクト管理+α"という考え方が必要であるという結論に辿り着き、定義・実践したのがミッションコントロールという概念である。
ミッションコントロールに求められるもの
それでは、実際に弊社が全体PMOとして管理したプロジェクトの事例を基に、ミッションコントロールに求められる要件を説明する。
当該プロジェクトは、全体的には、メインフレームで稼動しているシステムをWebシステムに置き換えるというマイグレーション案件である。プロジェクト規模は非常に大きく、特性は3つあった。
- 約35の個別システムを同時並行的に再構築するプロジェクトであること
- 再構築は3年後までに実施するという長期プロジェクトであること
- 各プロジェクトは、複数ベンダーにて実施するプロジェクトであること
これらの特徴を持つプロジェクトにて、弊社は全体PMOとして成功を求められていた。弊社のPMOメンバーは、プロジェクト着手前に、3つの特性を鑑み、通常のプロジェクト管理ではカバーできないものとして、どのようなファクターがあるのかを検討した。検討結果を概略化したものを図2に示す。
検討の結果、事前に手を打つべき2つのリスクを導きだした。
- 複数のプロジェクト/ステークホルダーにて、プロジェクトが実行される事により、目標に対するブレが発生するリスク
- 3年間という長期間のプロジェクトにおいて、時間の経過と共に目標自体が希薄化していくリスク
つまり、通常のプロジェクト管理においてカバーできない部分として「目標に対するブレと意識の希薄化」といったリスクをどのように抑制していくかが、ミッションコントロールに求められる要件であると言える。
ミッションコントロールで実施する事
それでは、「目標に対するブレと意識の希薄化」を防ぐために、何をすれば良いのだろうか? 既にお気付きの読者諸兄も多いと思うが、「目標に対するブレ」も「意識の希薄化」もプロジェクトメンバー、つまり『人的要素』において発生する事象である。ミッションコントロールでは、プロジェクトに関連する人と人を繋ぐことが重要なのである。
ここで、ミッションコントロールを定義付ける。
『ミッションコントロールとは、複数プロジェクトが開始から完了まで、終始一貫した目的の下で活動できるようにするため、継続的なコミュニケーションを計画、実施、管理することである。』
具体的に記述すると、複数プロジェクトを支える大きなミッションを明確にし、全てのプロジェクト、メンバーにそのミッションを浸透させる。更に、大きなミッションを基に、各プロジェクトのミッションを明確にすることで、それぞれのプロジェクト目標を有機的に結びつける。そのプロジェクトミッションを基にプロジェクトを成功させるために必要なコミュニケーションを設計し、実施、管理するということである。全体像を図3に示す。
では、これらのコミュニケーションを実行していくためには、どのように計画を立てていけばよいのだろうか? 着目すべき点は『複数プロジェクトが開始から完了まで、終始一貫した目的の下で活動できるようにする』である。つまり、どのプロジェクトにおいても、発信する情報、発信する時期、発信先を同一レベルにして、情報が伝わるように設計する必要がある。
その際のポイントを以下に示す。
- 実行するプロジェクトのミッションを明確にすること
- コミュニケーションを行うステークホルダーを漏れなく抽出すること
- 各ステークホルダーにどのような情報を伝えるべきかを明確にすること
- 各ステークホルダーに必要となる理解度を明確にすること
- コミュニケーションを行う時期を明確にすること
さて、ポイントを列挙させていただいたところで、今回はペンを置かせていただく。次回は、これらのポイントについてどのような計画を作っていけばよいかなど、ミッションコントロールの勘所についての説明を考えている。楽しみにお待ちいただきたい。
執筆者紹介
辻村裕寛(TSUJIMURA Yasuhiro) - 日立コンサルティング マネージャー
国内系SIerにてSE、PMとしてシステム構築を経験後、システム開発統括部門に籍を置き、レビューアーとして多数のプロジェクトレビューを実施。また、その傍ら、社内のシステム開発プロセス改善等に携わる。 2008年より現職。現在は、PMO案件を中心に活動している。監修者紹介
篠昌孝(SHINO Masataka) - 日立コンサルティング ディレクター
国内最大手のファイナンシャルグループで、BPRプロジェクトや、数多くのEコマース構築プロジェクトにて、PMを歴任。2001年に外資系大手コンサルティングファームに入社、主にERP導入や、SOA技術を駆使した大規模SIプロジェクトを成功に導いた。同社のパートナー職を経て、2007年より現職。