何が問題だったのか?

前編では、ITを活用した新事業を立ち上げるためにプロジェクトを開始した企業Aを紹介した。構想策定フェーズを完了し、満を持してシステム化計画フェーズに臨んだはずのプロジェクトであったが、フェーズの『立ち上げ』を怠ったが故に、プロジェクトは暗礁に乗り上げてしまった。その原因を分析するとともに、プロジェクトの立て直し例を紹介するのが本編(後編)である。

企業Aにおけるプロジェクトが上手くいかなくなった原因とは、一体、何だったのだろうか?

プロジェクト支援の要請を受け参画した弊社は、プロジェクト関係者へのヒアリングおよび既存ドキュメントの確認を行った。ヒアリング実施時には、プロジェクト関係者にはそれぞれ自分の立場があることを念頭に置き、関係者の発言を鵜呑みにせず、あくまで中立の立場でファクトを集めることを心がけた。そして集めたファクトを構造化して整理したところ、本プロジェクトにおける根本的な原因は以下の3点に集約された。

  • A. 作業スコープに関する認識にズレが生じていた
  • B. 『均一なコミュニケーション環境』を前提としていた
  • C. 合意形成が不十分なままプロジェクトが進んでいた

まず1つ目の原因「A. 作業スコープに関する認識にズレが生じていた」であるが、実はシステム化計画フェーズの『立ち上げ』において、プロジェクトのゴールやスコープを共同宣言する重要な機会であるキックオフ・ミーティングが実施されていなかった。

その結果として、本フェーズにおいて実施すべき作業のスコープについて、あるチームメンバーは来年4月に提供する初期サービス提供に向けての実行計画策定と考えていたが、該当チームのリーダーは事業提供開始から3年後までの事業計画策定だと考えていた。見ているものが違うのだから、作業がスムーズに進むわけがない。

そもそも、何故、キックオフ・ミーティングが実施されなかったのか? それの答えが2つ目の原因~「B. 『均一なコミュニケーション環境』を前提としていた」ためである。

ここで言う『均一なコミュニケーション環境』とは、日頃からコミュニケーションが十分に取れているメンバーのみで組織したチームのように、必要最小限のコミュニケーションによって相互理解が図れる環境を意味する。『均一なコミュニケーション環境』を前提とすることで生産性の向上や共通認識の確立が容易になる場合があるが(例: 業界用語、略語)、通常のプロジェクトであれば、まずは『不均一なコミュニケーション環境』を前提にフェーズを立ち上げる必要がある。

今回のケースでは、共通の問題意識を持ってプロジェクトに参画してきた中核メンバー(チームリーダー)と、新規に参画することになったチームメンバー間で、コミュニケーション・ギャップが発生していた。何が新事業における差別化ポイントなのか? 事業目標はどのような根拠に基づき設定されたのか? チームメンバーからの質問を受けたチームリーダー達の答えはまちまちだった。

実は、同じ場を共有する中で何となく納得してきたかつての中核メンバー達も、相互の意思疎通が完全に図れていたわけではなかったのである。あうんの呼吸で、分かったつもりになっていただけなのだ。

そして3つ目の原因「C. 合意形成が不十分なままプロジェクトが進んでいた」が、本プロジェクトが暗礁に乗り上げた根本的な原因である。

作業スコープの定義も差別化ポイントも事業目標の設定方法も、全て合意形成の結果としてもたらされるべきものである。実は前フェーズである構想策定フェーズにおいて、マイルストーンであった事業構想書完成にフォーカスするあまり、フェーズ中に行われた貴重な議論や検討の結果が記録されてこなかった。積み残しの課題が放置され、結果として事業構想書だけが残ったため、構想書に記録されていないことはもう一度考えるしかない状況に陥ってしまった。

加えて、事業目標の設定においても、その過程で、中核メンバーの意思とは異なる上方修正が行われていた。たとえ事後報告であったとしても、十分に納得できる修正の理由をもって中核メンバーが最終目標に合意できていれば良かった訳だが、実際には行われなかった。知らないうちにすり替わっていた事業目標に対して、目標意識を持って取り組むことは困難である。

これらの理由が積み重なって、プロジェクト関係者間にいくつもの見えない壁が生まれ、プロジェクトはどうにも進まなくなってしまったのだった。

プロジェクトを立て直そう

このプロジェクトを立て直すためにはどのようなアクションが必要だろうか? 求められるのはプロジェクトに対する共通理解の醸成と達成目標の合意、該当フェーズにおける目的やゴール、スコープや成果物の共有、そしてマイルストーンと役割分担の合意・・・いわゆる『立ち上げ』作業のやり直し(再立ち上げ)が必要である。進行中のプロジェクトを一旦止めることは勇気がいることだが、多額の投資を伴うプロジェクトは成功してこそ意味があることを忘れてはいけない。

再立ち上げにおいては、まずプロジェクト関係者が膝を突き合わせ、相互の認識を同じテーブルに乗せた上で、どこが失敗だったのか、徹底的に議論を行うべきである。『不均一なコミュニケーション環境』を前提としてプロジェクトの潜在的な課題の棚卸しを行おう。プロジェクト関係者の役割の違いにより得られる情報の格差を減らし、ガラス張りの合意形成プロセスを確立していくことで、ステークホルダーの全てが納得してプロジェクトに取り組めるようなプロジェクト環境を整備していくことができるのである。

図1: 原因を追及し、プロジェクトの再立ち上げを実施

やっぱり立ち上げが肝心

さてここまで『立ち上げ』の重要性について事例を交えて紹介してきたが、いかがだったろうか?

一時、迷走状態に陥った前掲の企業Aのプロジェクトも、再立ち上げの結果、プロジェクトを再始動させることができた。プロジェクトにおける『立ち上げ』の重要性を、身を持って感じることとなった企業Aのプロジェクト関係者だが、読者諸兄が同じ轍を踏む必要はない。今回紹介した事例に学び、プロジェクトにおけるスムーズな立ち上げの重要性を肝に銘じて、担当プロジェクトに取り組んでいただければ幸いである。

執筆者紹介

鷺島淳一(SAGISHIMA Junichi) - 日立コンサルティング マネージャー

外資系ソフトウェアベンダーにてSOAエバンジェリストとして、日本国内へのSOA啓蒙活動と共に、製造・サービス・流通業を中心としたSOA導入支援を実施。2007年より現職。コンサルティング活動に従事する傍ら、PMコミュニティの運営も担当し、PM方法論のブラッシュアップに貢献中。




監修者紹介

篠昌孝(SHINO Masataka) - 日立コンサルティング ディレクター

国内最大手のファイナンシャルグループで、BPRプロジェクトや、数多くのEコマース構築プロジェクトにて、PMを歴任。2001年に外資系大手コンサルティングファームに入社、主にERP導入や、SOA技術を駆使した大規模SIプロジェクトを成功に導いた。同社のパートナー職を経て、2007年より現職。