本連載は「組み込みエンジニア必須のスキル - オシロの基本を身に着ける」(2007年掲載)を改訂したものです。
最終回となる今回は、オシロスコープの応用例として、電源設計での実例を紹介します。今回のお話も専門用語が多く、難しいかもしれません。しかし、実際にオシロスコープをどうやって使うかという実例を知ることにより、オシロスコープは単なる波形表示装置ではなく、エンジニアの直面する問題を解決する強力なツールであることが分かるでしょう。
電源供給ラインの電流高調波解析
電源の設計においては、AC100V供給ラインに規定以上の電流歪を発生させないことを考慮しなければなりません。言い換えると「EN61000-3-2」という規格(EN規格の高調波電流規制)に適合させる必要があります。理想的にはAC100V供給ラインから見て、当該電源が線形の(一定の)負荷になると良いのですが、現実の電源はそうではありません。複雑に変動する回路動作に伴い、AC100V供給ラインから流れ込む電流も複雑に変化します。その結果、AC100V供給ラインに流れる電流には歪みや高調波が発生します。その高調波のレベルがEN61000-3-2の規格内であるかどうかをオシロスコープで実測することができます。
まず、電流プローブを設計した電源のAC100V供給ラインに接続し、電流をオシロスコープに取り込みます(図1)。
この波形を各周波数成分に分解するためFFT(高速フーリエ変換)をかけ、基本波(50Hzまたは60Hz)とその整数倍の高調波群を表示します。
なお、FFTのウィンドウメニューを適正に選ぶことにより、より正確なレベル表示にもなりますし、より周波数の解像度が高い表示にもなります。図2の例ではFlattopウィンドウを選び、正確な振幅を測定しました。
電流振幅を読み取るには、カーソルが便利です。カーソルを任意の高調波に合わせるとその高調波の振幅を簡単に読み取ることができます。各高調波の振幅を測定し、EN61000-3-2規格に照らせば、それらが規格内であるかどうかを確認することができます。これはオシロスコープを手動操作することでも求められますが、多少の手数を要します。そこで「ボタンの一押し感覚」で結果を得ることのできる専用ソフトウェア(図3)もあります。
スイッチング素子の瞬時電力の測定
オシロスコープを使えば、電源に使われるスイッチング素子にかかる瞬時電力を測定することができます。その電力のほとんどは、スイッチング素子によって消費されるロス(熱)です。スイッチング電源の効率を左右する瞬時電力測定はとても重要です。まずスイッチング動作により状態が変化しているスイッチング素子の電圧波形と電流波形をオシロスコープに取り込みます(図4)。
取り込んだ電圧波形と電流波形から、オシロスコープの波形演算機能(掛け算)を使って簡単に瞬時電力波形を作り出すことができます。瞬時電力波形もまたスイッチング周期に従って状態変化する波形となります(図5)。
自動測定機能を使って瞬時電力波形の任意区間の平均値を計算させることにより、電力が求められます。これは、オシロスコープを手動操作することでも求められますが、多少の手数を要します。このようなとき、図3でも示したような専用ソフトウェアを利用すれば、どの区間を計算の対象とするかをカーソルやメニューで指定するだけで、いとも簡単に電力損失が計算できます(図6)。
電源品質パラメータの測定
設計した電源の品質を表す諸特性(有効電力、皮相電力、力率など)もオシロスコープで簡単に求めることができます。まず設計した電源に供給される電圧波形と電流波形をオシロスコープに取り込みます(図7)。波形の数を少し多く取り込み、複数の周期を表示するのがコツです。
有効電力(単位:W)
有効電力を求める場合、まずはオシロスコープの波形演算機能により、電力波形と電流波形を掛け合わせて電力波形を作ります。そして自動測定機能により、電力波形の平均値を計算すれば求められます。
皮相電力(単位:VA)
皮相電力は自動測定機能により電圧波形の実行値と、同じく電流波形の実行値を計算し、それら2つの実行値を(電卓などで)掛け算すれば求められます。これは有効電力のように動的な波形から求める電力とは異なり、単純な数値(2つの実効値)を掛け算するだけで計算できる電力です。
力率
力率は上記で求めた有効電力を皮相電力で割算すれば計算できます。これらは、オシロスコープを手動操作することでも求めることができますが、やはり多少の手数を要します。このとき、先ほども紹介した専用ソフトウェアを使えば、「ボタンの一押し感覚」で簡単に結果を得ることができます(図8)
安全動作領域の観測
電源投入時や最大負荷時には、スイッチング素子にストレスがかかります。スイッチング素子の電圧や電流が規格以上の値となれば、素子の破壊につながります。
これを防ぐため、素子には安全動作領域が規定されています。刻々と複雑に変化する電圧波形と電流波形を時間軸上で並列に表示してみても、素子にかかるストレスは見えてきません。この場合、電圧波形と電流波形をXY表示することにより安全動作領域の違反が見えやすくなり、素子にかかるストレスを一目で観測することができます。
これは、オシロスコープを手動操作することでも求めることができますが、多少の手数を要します。そこで、図9のような専用ソフトウェアを使えば、簡単に結果を得ることができます。
最後に
本連載では、最初に「オシロスコープとは何か」から始め、基本的な使い方や機能の説明に加え、オシロスコープを使った実例についてお話してきました。オシロスコープはエンジニアにとって最も身近な汎用計測器であると同時に、特定の測定に特化した強力な専用機でもあります。オシロスコープはこの上ない強力なツールであり、使いこなすことでエンジニアの仕事を確実に効率アップすることができます。今回の連載により、オシロスコープを身近に感じていただき、仕事の効率アップのきっかけにしていただけたら幸いです。
※ 本連載記事は今回が最終回です。ご愛読いただきまして、誠にありがとうございました。
稲垣 正一郎(いながき・しょういちろう)
東洋計測器
前職ではテクトロニクス社にて10年にわたりテクニカルサポートセンター長を務めた。