本連載は「組み込みエンジニア必須のスキル - オシロの基本を身に着ける」(2007年掲載)を改訂したものです。
波形を正しく観測するには、それに合わせたオシロスコープを使用する必要があります。今回は、オシロスコープの選び方について述べていきます。
周波数帯域
Q1. 周波数帯域100MHzのオシロスコープは、100MHzのサイン波(図1)の測定に適するでしょうか。
不思議に思えるかも知れませんが、答えは「No」です。これには周波数帯域の定義が大いに関わっています。低い周波数から高い周波数まで振幅が一定のサイン波をオシロスコープに入力したとします。ところが、現実のオシロスコープでは、サイン波の周波数が高くなるにつれ、表示される振幅は徐々に減少していきます(図2の上のグラフ)。
周波数帯域は、基準となる(十分低い)周波数の振幅に比較して3dB(エネルギーで50%、電圧で約70%)減衰する周波数と定義されています。つまり、周波数帯域100MHzのオシロスコープで100MHzのサイン波を測定すると、表示される信号の大きさ(振幅)は実際の信号より小さく見え、約70%の大きさにしか見えないのです。30%も小さく見えるということは、30%もの誤差があると言えます。電気測定において、この誤差は無視できる大きさではないので、「測定には適さない」ということになります。
それでは、100MHzのサイン波の測定には、どのくらいの周波数帯域があればよいのでしょうか。これには、その誤差をどこまで許容するかということと、オシロスコープ固有の周波数特性(周波数が高くなるにつれ振幅がどのように変化するかという特性)によりますが、誤差3%、周波数特性はガウス曲線(ガウシアンカーブ)に近似していると仮定しましょう(図2の下のグラフ)注1。周波数が高くなるにつれ、サイン波の振幅は減少します。特性カーブをなぞり、誤差3%のラインと周波数特性カーブとの交点を求めると、その周波数は周波数帯域の約1/3であることがわかります。つまり、100MHzのサイン波の測定には300MHzくらいの周波数帯域を持つオシロスコープを選べば、誤差3%くらいで測定できます。これをオシロスコープにおける「サイン波の測定に際しての3倍法則」と呼びましょう。この法則はGHzの周波数帯域を持つオシロスコープには当てはまりませんが、MHz帯域のオシロスコープにおけるサイン波の測定にはよく当てはまります。
次に、サイン波ではなく矩形波の場合には、どのように考えればよいのでしょうか。次の「立ち上り時間」がその答えです。
注1:周波数特性がガウス曲線に近似していると、立ち上り時間0秒のステップ波形をオシロスコープに入力した場合、オシロスコープ自体の立ち上り応答が最も素直な特性となる。そのためMHz帯域のオシロスコープにおいては、周波数特性を好んでこの曲線に近似させる。
立ち上り時間と立ち下り時
Q2. 0秒で0から1へ状態遷移する理想的なステップ波形がオシロスコープに入力された場合、オシロスコープに表示される立ち上り時間は0秒でしょうか。
この答えは「No」です。オシロスコープの性能には限界があり、その限界がオシロスコープ自体の立ち上り時間として表示され、波形は少し斜めに表示されます(図3)
ここで、「立ち上り時間」とは、電源投入してからオシロスコープが使用可能状態になるまでの時間ではありません。ステップ波形が0から1に変化するとき、その変化に要する時間のことです。現実の立ち上り波形において変化の開始と終了を見極めるのは困難です。したがって、ステップ波形の振幅を100%とし、振幅が10%に達した点を変化の開始点、90%に達した点を変化の終了点とします。その開始点から終了点までの時間が「立ち上り時間」と規定されています。
このオシロスコープ自体の立ち上り時間は、測定対象の立ち上り時間の測定結果を左右することがあります。オシロスコープに表示された立ち上り時間は「測定対象のみの立ち上り時間」ではなく「オシロスコープ自体の立ち上り時間」にも影響されたものだからです。言い換えると、オシロスコープ自体の立ち上り時間は、その測定における誤差要因だといえます(式1)。
式1 |
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この式1から、オシロスコープ自体の立ち上り時間Toが測定対象の立上り時間Tsに比べ十分に小さければ、誤差が少ないことになります。「オシロスコープ自体の立ち上り時間」と「測定対象の立ち上り時間」の比率Ts/Toとそれによる誤差をグラフ化したものが次の図4です。これは、ガウス曲線の周波数特性を持つ、MHz帯のオシロスコープについて適用できます。
仮に誤差を3%とすると、グラフとの交点からオシロスコープ自体の立ち上り時間は測定対象の立ち上り時間よりも4倍以上高速である必要があることが分かります。実際の測定においては、まず測定する矩形波やパルス波の形に注目してください。その中で一番急峻に変化する部分を見つけ、その立ち上り時間をオシロスコープ選択の基準とします(図5)。
その立ち上り時間より4倍以上高速の立ち上り時間を持つオシロスコープを選択すれば、立ち上り時間測定の誤差を3%くらいに収めることができます。これを「パルス波の測定に際しての4倍法則」と呼びましょう。ただし落とし穴にご注意ください。一番急峻に変化する部分の立ち上り時間が未知なので、取り敢えず手持ちのオシロスコープを使って、立ち上り時間を測ろうとする場合が危険です。いつも式1の関係を頭に入れておき、立ち上り時間を測ったら、必ずオシロスコープの立ち上り時間スペックと比較してください。これらの値が十分に(約4倍くらい)離れていなければなりません。離れていなければ、測った立ち上がり時間は信頼に値しません。例えば測った立ち上がり時間が11nsと見えたとし、オシロスコープの立ち上り時間スペックが10nsだとすると、式1より一番急峻な部分の立ち上り時間は、本当は約4.6nsなのです。11nsにだまされて、オシロスコープの選択をすれば、性能の足りないオシロスコープを選択することになります。つまり、式1の関係から、「立ち上り時間が遅く見えているのでは・・」と常に疑うことが大事です。
ところで「立ち上り時間」と「周波数帯域」は反比例の関係があり、周波数帯域がガウス曲線に近似している場合、式2で表されます。
式2 |
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したがってオシロスコープのスペックに立ち上り時間が規定されていない場合でも周波数帯域が分れば、立ち上り時間は計算で求めることができます。
仮に、観測する波形の一番急峻に変化する部分の立ち上り時間が4.6nsだとすると、「パルス波の測定に際しての4倍法則」により、オシロスコープの立ち上り時間は1.15nsが必要です。つまり、式2より周波数帯域は304MHz以上のスペックを持つオシロスコープを選ぶ必要があります。
サンプリングレート
先回に述べたように、オシロスコープは波形を点で表現しています。サンプリングレートは、どのくらい多くの点で波形を表すことができるかを示すものです(図6)。
この性能は高ければ高いほどよいのですが、そのぶん、オシロスコープの価格も高くなります。必要となるサンプリングレートが分れば、適切な価格のオシロスコープを選ぶことができます。ここでも波形の形により、サイン波の場合とパルス波に分けて考えましょう。
サイン波の場合のサンプリングレート
理論では(サンプリング定理による)サイン波の繰り返し(周波数)より2倍以上速いサンプルレートを用いれば、サイン波形の再現ができます。実際は、もう少し速いサンプリングレートを用い、補間という処理を行います。サイン波の周波数よりサンプリングレートが10倍速ければ、サイン波の1つの波(1周期)を10個の点で表現できますし、5倍速ければ、5個の点で表現できます。5個以上の点があれば、サイン波はもちろん、サイン波的な波形(少し歪んだサイン波)も画面に描くことが容易です。したがって観測すべき波形に対し、サンプリングレートが5倍以上高速のオシロスコープを選びましょう注2。
注2:使用するチャネル数が増えれば、サンプリングレートが低下するオシロスコープもあるので、注意が必要。その場合は、低下したサンプリングレートでも、上記条件を叶えることが必要。
パルス波の場合のサンプリングレート
パルス波が繰り返しのパルス波であろうと、単発のパルス波であろうと、ここで注目すべきは最も高速に変化する立ち上り(立ち下り)部分のみです。その部分を4個から5個の点で表現できるようなサンプリングレートを持つオシロスコープが適切です(図7)。
このようなサンプリングレートでサンプリングする(点を打って表現する)と、立ち上り部分を適切に画面に描くことができます。最も高速の部分が適切に描けるので、ほかの低速に変化する部分も問題なく描けます。立ち上り時間の1/4~1/5がサンプル間隔なので、式3からサンプリングレートが分ります。
式3 |
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仮に、観測する波形の最も高速に変化する部分の立ち上り時間が10nsだとすると、オシロスコープのサンプリング間隔は2ns~2.5nsが必要です。つまり、サンプリングレートは400MS/s~500MS/s以上のスペックを持つオシロスコープを選びましょう。
レコード長
必要とされるレコード長は「必要とする観測時間」と「使用するサンプルレート」から計算されます(式4)。
式4 |
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レコード長が短い場合、長い観測時間するにはサンプリング間隔が荒くならざるを得ません。レコード長の一部を拡大表示した場合、この荒いサンプリングレートの影響が現れます(図8)。
前項のように「使用するサンプリングレート」は決めることができるので、「必要とする観測時間」が分れば、式4によりレコード長が計算されます。このレコード長を装備するオシロスコープを選びましょう。ただし、使用するチャネル数によりレコード長が変動するオシロスコープがあります。この場合、使用するチャネル数におけるレコード長を確認する必要があります。
次回は信号の大きさや、種類によってオシロスコープを選ぶ方法をお話します。お楽しみに。
稲垣 正一郎(いながき・しょういちろう)
東洋計測器
前職ではテクトロニクス社にて10年にわたりテクニカルサポートセンター長を務めた。