日本側担当:伝票登録画面でコードのプルダウンメニューを押すとエラーになる。調べてくれ。
中国側PL:こちらで作った伝票登録画面自体は問題ありません。原因はこちらでは調べられません。
日本側担当:原因が分からないのにそちらに問題がないとなぜ言い切れるのだ!
中国側PL:ですから、こちらが作成した部分に問題があるなら、指摘していただければいつでも修正します。今回の問題はこちらの担当範囲外にありますから、こちらでは調べようがありません。
ここで問題:なぜ中国側PL(プロジェクトリーダー)は原因を探れないのだろうか?
問題の答え:よく言われるように、中国の開発チームは仕事が個々のプロジェクトメンバーの範囲にまでキチンと細分化される。問題があった場合、どのメンバーの担当範囲かを絞り込まないと対処できない。したがって、「システムのどこかに問題があるようだ」という漠然とした指摘だとプロジェクトリーダーは動きづらい。逆に言えば、この動きづらさを感じさせない対応ができるプロジェクトリーダーはとても優秀な人材だといえる。
アウトソーシングをはっきりと意識すること
発注側はよく「中国人は日本人と一緒に問題を解決しようという態度に欠ける」と言う。国内外注の場合、協力会社は契約によって請け負った工程だけでなく、その前後の工程へも何らかの形で参加し、綿密な刷り合わせをしながら発注元と共同でプロダクトを完成させる傾向がある。協力会社といえど、開発の全工程において少なくともある程度の連帯責任を負うのである。「問題を解決しようとする態度」とは、このことを指し示している。
これはいわゆるアウトソーシングではない。では何と呼ぶべきかについては一致した意見がないグレーな取引形態なのだが、下請け制度が定着している日本ではよく見られるものだけに、日本人はさして疑問にも思わないのだろう。
これに対して、オフショア開発ではよりはっきりとアウトソーシングを意識しなければならない。遠距離にある異国の企業に業務を委託するのであるから、仕事はそれ相応に切り出しがしやすいようにしなければならないのだ。それゆえ、国内協力会社を相手にするときと同じように「一緒に完成品を作り上げよう」などという態度を期待すると、後で裏切られたような気持ちになる。
誤解していただきたくないのだが、筆者はオフショア企業にきちっとした仕事ぶりを期待することはできない、などと言っているのではない。オフショア開発で結果が芳しくない場合、その原因の半分はオフショア企業側、もう半分は発注側にあるものだと筆者は思っている。
日中間の場合、中国側によく見られる原因の一つは、プロジェクトリーダーの能力が足りず、個々のメンバーの作業結果を合わせて全体の一貫性をチェックせずにそのまま成果物を引き渡してしまうというものだ。この場合、日本側から見ると、とんでもないいい加減な成果物を平気な顔で送りつけていることになるので、中国側に対する不信感が一気に跳ね上がる。日本側の不信感の原因を探ると、根源にはソフトウェア開発取引におけるビジネスコミュニケーションのいろはを分からずに、不必要に日本側の神経を逆なでしている行為がしばしば見出せる。たとえ納品物が同じでも正しいコミュニケーションをした場合とそれを誤った場合とでは、結果に対する評価には雲泥の差が出る。ビジネスコミュニケーションのノウハウがないことで多くの中国ソフトウェア企業がひどく損をしていると筆者はつくづく思う。
下請け制度は国際取引では機能しない
では発注者である日本側にはどのような問題があるだろうか。大きく言えば、それは自社の開発プロセスの優れたところと変更すべきところの区別がないまま現場にオフショア開発発注をさせていることである。国内外注とオフショアへのアウトソーシングの違いを分からずにオフショア開発を始めた現場は、オフショア発注先を単に安い外注として付き合おうとして見事に失敗する。その結果「中国人は日本人と一緒に問題を解決しようしてくれない」という悲鳴を発することになるのだが、中国側にしてみれば、なぜエンドユーザとの交渉でヘマをやった発注者の尻拭いまで果てしなくタダでやらされるのかわからないのである。
しかし発注者はそこまで価格に入っていると思っているし、足が出た分は次回の発注で色をつけて繕えると思っている。なぜなら取引は長期的で固定的なものだと日本側が考えているからなのだが、それこそが下請け制度の考え方なのだ。下請けのピラミッド構造の外にある中国側企業にはそこらへんがよく理解できないし、そういうものを期待されていると分かると「win-winだの、下請けではない対等なパートナーだのと口では言っているが、実際の扱いはずいぶん下がるな」と、それはそれで中国側が不信感を募らせる結果にもなりかねない。
下請け制度にはそれなりの利点はあるが、国際取引ではうまく機能しないと思ったほうがいい。国内取引と比べ、国際取引では契約書に書かれていることがより重みを持つことはもちろんだが、コミュニケーションにおいては、冷静に、ロジカルに物事を説明できるスキルが鍵となる。日本側の担当者は、中国人が日本語で対応してくれるから、ついつい日本人と同じ対応をしてくれるものと思い込みがちだが、実際は違う。日中オフショア開発において日本語は国際コミュニケーションのツールに過ぎないのだ。お互い日本語を話していても、背景にある考え方、目的意識、価値観は顕著に異なる場合がある。だからこそ、なぜそうすることが合理的なのか、なぜそうするとお互いにメリットがあるのか。こうしたことをいつでも議論できるよう、日本側も常に論理武装すべきである。「なぜそうする必要があるのですか?」と聞かれて言葉に詰まり感情的になるような担当者はオフショア開発には向いていない。
開発取引プロセスの改革を
さて、企業として上で述べたような食い違いの原因がどこにあるのかを見出し、アクションに移すまでに何年もの時間がかかる場合がある。大事なことは、受注側、発注側それぞれがそうしたオフショア開発のノウハウを横展開すること、そして適切なアクションを実行できるよう経営層がサポートすることである。それをせずに現場に問題を押し付けるばかりではオフショア開発は成功しない。
日本企業はオフショア開発を機に、旧態依然としたソフトウェア開発取引プロセスの改革に取り組んではいかがだろう。
コーディング下請けとしての日中オフショア開発は限界を迎えている |
著者プロフィール
細谷竜一。1995年、Temple University(米国)卒業。1997年、University of Illinois at Urbana-Champaign(米国)コンピュータ科学科修士課程修了。1998年~2007年総合電機メーカーを経て大連ソフトウェアパークにある某大手ソフトウェア企業で3年間勤務。2008年からユーザ企業系IT会社の社員として上海のオフショア開発拠点に赴任。学生時代はオブジェクト指向やデザインパターンなどの研究に従事。GoFの一人、Ralph E.Johnson氏の講義を受けた経験も。卒業後も、パターンワーキンググループの幹事を務めるなど、研究活動に積極的に取り組んでいる。