オフショアで開発することが新しい――そんな楽しい時代は終わった。「大連から来ました」などといっても今では珍しがられることもない。人々の関心がうつろうなかで、オフショア企業の在りようも変化を余儀なくされている。「うちの技術者は日本語で設計書の読み書きができます」などといってみたところで、「それで?」といわれてしまうからだ。少なくともインドや中国に関してはもう物珍しさはなくなってきた。新し物好きの日本の経営者の関心は今、ベトナム、タイ、ラオス、モンゴル、ウクライナ、ブラジルなど世界の様々な国に及んでいる。

オフショア開発で生き残るための4箇条

こうした状況の中、オフショア開発を手がける企業の中から、生き残りを賭けて「早い、安い、うまい」を売りにするところが増えるだろう(増えて欲しい)。そんなオフショア企業に、僭越ながら筆者よりアドバイスを差し上げたい。

  • 見積もりは早く!

    • 見積もりはビジネスツール。お客様はお急ぎだ。相手の心をつかむツボをつかめ。相手が思った値段の倍の見積もりなんか出しても時間の浪費。どうしても心をつかめないと思ったら仕事を断れ。
  • TCOを安く!

    • (筆者の造語でTotal Cost of Offshoring)工数も単価も低く、ではなく、工数×単価が安ければよい。たとえ単価を上げてでも手戻りが減り、品質が上がり、あるいはオーバーヘッドコストが減るのであればその方がいい。名目上の生産性を捨てて実を取るべし。さすれば勝たん(もっともこれは発注者側にも意識改革を要求することではある)。
  • 品質に付け入る隙を見せるな!

    • 仕様の理解ミスによる品質低下を徹底的に排除せよ。単体テストレベルの品質指標がよいのは当たり前。今までのオフショア開発はレベルの異なる多種多様の問題の切り分けをうまくできず、単体品質を破壊してきた。切り分けを徹底し、自分の守備範囲の仕事はきっちりこなすべし。
  • 気が利かなければプロじゃない!

    • 「お、こいつオレより考えてるなぁ」と思わせるプロ意識を持て。いままでのオフショア開発はあまりに受け身対応が過ぎた。これによって日本側の現場は精神的に疲れている。

これらを達成するためには、どんなにコストをかけたっていいと思う。そうすれば絶対に仕事はわんさか入ってくるし、元が取れること間違いなし。逆にいえば、例外はあるにせよ、こういうところが今までのよくあるオフショア開発の、発注者から見てダメなところだったということだ。

オフショア開発の面白味とは?

ところで、オフショア企業の技術者から見て、オフショア開発の楽しみは何だろう? たいていは他人が決めたよくわからない仕様書を見て、その通りのものを作るだけ。仕様書の行間を読めるようになるには5年や10年はみっちり経験をつまなければならない。これは彼ら彼女らにとっては長すぎるし、技術的に見たらローテクで、面白いわけがない。

今までのオフショア開発は、いったい何が面白いのかを誰も若者に教えようとしなかった。結局のところ、それがオフショア開発のうまくいかない部分の根本的な原因を作っている。

オフショア開発とは、プロセスなのだ。プロダクトではなくて、プロセス。これをいかに小気味よく流れさせ、相手をうならせるか。その相手はエンドユーザではなく、日本にいる開発者たち。それが肝であり、価値を生むサービスへとつながる。

オフショア開発を受注するものは、全員これらのことを意識して欲しい。そうでなければ仕事は面白くない。会社としても、多少なりともこうした側面での従業員のパフォーマンスを評価し、昇進、昇給、ボーナスに反映できればいうことなしだ。

「中国人は給料に敏感で、1元でも給料が高いところがあればすぐに転職してしまう」。多くの日本人はそういう風に理解しているだろう。中国人は、特に卒業後5年間ほどの間はいかに給料を上げるかに関して敏感なのは確かだ(※)。ところが、会社を辞めていく人に話を聴くと「やりがいのある仕事やポジションがもらえなかった」「自分の成長につながらなかった」といったことを理由に挙げる人が案外多い。どうやら彼ら若者が重要視しているのは自己成長の機会らしい。給料はその結果として上がるのだと考えているのだろう。だから、その会社で過ごす数年間でいかに自分が成長し、そしていかに自分の履歴書を飾る経歴を増やせるかが大事なのだ。今いる職場でそのチャンスがめぐってこないとわかると、すぐに辞めてしまう。

※中国の都市部のホワイトカラーは、(特に男性は)結婚までにマンションを買わなければならない。そうしないと、お相手の両親から結婚の許しが出ないらしい(賃貸もダメ!)。昨今中国は不動産ブームで物件の値上がりも早い。若手が給料に敏感なのにはこんな切実な理由もあるのだ。

月並みな言い方だが、やっぱりソフトウェア開発は人、人、人なのだ。適性のある人材を確保し、その人たちのモチベーションを維持することがこの事業の成功の不可欠な条件だ。それはどこの国でも同じこと。その具体的な方法が少し違うだけである。

オフショア開発相手国(中小企業経営者向け調査結果)

著者プロフィール

細谷竜一。1995年、Temple University(米国)卒業。1997年、University of Illinois at Urbana-Champaign(米国)コンピュータ科学科修士課程修了。1998年~2007年総合電機メーカーを経て大連ソフトウェアパークにある某大手ソフトウェア企業で3年間勤務。2008年からユーザ企業系IT会社の社員として上海のオフショア開発拠点に赴任。学生時代はオブジェクト指向やデザインパターンなどの研究に従事。GoFの一人、Ralph E.Johnson氏の講義を受けた経験も。卒業後も、パターンワーキンググループの幹事を務めるなど、研究活動に積極的に取り組んでいる。
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